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3/31/2012

ダレニタイシテモノヲイッテイルンダヨ

先日、勤務先の4年生を送り出し謝恩会があったのですが、それに関連して気になったことがありました。

学生から来た招待状には、

「.....  皆様のお陰で、私達も無事卒業でき....」

とあり、謝恩会では、卒業生がひとりひとり挨拶するなかで、

「.... 本日は、教授の方々にお集まりいただき.....」

を何人もが連発していました。

私が気になったのは、

「皆様」



「教授の方々」

という表現です。

(この件は、当の学生たちには、会の席上で話しました。)

学生が我々に対して(面とむかって)

「皆様」「教授の方々」

と言うのは、不遜であり、失礼だと感じます。

「教授」という職名を口にすること自体、アウトだと思います。(注: 「○○教授」という呼称はOKです。)

絶対に、直接呼ぶ場合には、「先生」「先生方」

でなければならない、と感じます。

謝恩会の席でそのように言うと、学生たちは、

「すみませんでした。今後、そういう機会があれば気をつけます」

と言っていましたが、そうではなく、彼らがこの4月から学校の教師になった後、つまり自分が「先生」になってから「生徒」からどう呼ばれるか、という視点で、是非覚えておいて欲しいと思いました。

(学生が「教授の方々」というのは、中高であれば、生徒が「教諭の方々」と言うのと同じです。「私とあなたはたまたま今の「身分」は違っても人間として対等で同列の存在だ」というニュアンスがあります)

昨今、「教える」ではなく「支援する」という表現をしたり、「生徒」ではなく「学習者」という表現をしたり、というのが好まれるようになっています。

私はどちらの表現も大嫌いです。嫌いですし、よくないと思いますし、アジアの文化の中の大切な一要素の破壊だと思っています。

要するに、「教える立場」「教えてもらう立場」という上下関係ではなく、人間として平等で対等な立場で、同じ方向を向いて横から「支援する」という概念だと思われますが、私の考えでは、それは


教師としての自信のなさ、また責任逃れ、の表れ


だと思っています。

自分は教師であり、相手は生徒であるのであって、決して同じ方向を向いていて単に立っている位置が多少前か後ろか、という関係ではなく、教師は生徒の方向を向き、生徒は教師の方向を向き、教師は教え、生徒は教わる、という


上下の関係、長幼の序、縦の関係、不平等な関係である


と思いますし、いつまでもそうであるべきだと思います。それは、人間ととして平等だ、という当たり前の概念と相反するものでは全然ありません。

卒業して何年たっても、何十年経っても、教室で教えを受けた、自分にとっての「○○先生:」はどこまで行っても先生であり、「○○さん」や、「教授」という、客体化、客観化した存在には成り得ませんし、


なってはいけない


と思います。

ですから、教師である、あるいは将来教師になる「方々」には、自分自身が生徒と接する上において、是非、そのようなことを考えていただきたいな、と思います。

3/03/2012

「フォルクスワーゲン」における鼻腔開放

TVで流れているフォルクスワーゲンのCMでは、

最後に言う

Volkswagen

の、gは口腔開放せず、nに直接連続して、gnで鼻孔開放 (nasal release) されています。

次のは多少前のですが、最後のナレーションは一緒です: