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8/05/2015

ヘルキャンプ 1996 その後

しかし、実は、そのままでは終わらず、一旦成績を出して数ヶ月たってから、大問題となったのである。

要は、80名の合宿授業で全員不可とは何事か、と。

それが教官会議で大問題になった時には私自身は国外にいたし、当時はいまほどeメールが簡単ではなかったのでやりとりはもどかしいものがあったが、精一杯、正論を展開して判断の正しさを主張はした。

しかし、最終的には「評価を修正せよ」という校長命令が出て、割り切れないと思いつつ評価を修正するという結末となった。

しかしあいつらはあの時納得していたはず。納得できない。

帰国した後に学生たちにひとりひとり確かめて回った。

あれはお前たちが文句を言ったのか?

いや、私たちは不可に納得していました。約束を破ったのは自分が悪かったし、あのキャンプはとてもためになったので、不可でもいいと思っていました。

騒いだのは周りの大人だった。親であり、教員だった。あいつらは納得していたという自分の判断は間違っていなかった、とわかっただけで気持ちが収まった。

その時の同僚と先日呑む機会があり、熱く20年前を振り返った。

あの時はひどかったよね。。。 全員不可ってさぁ。。

あはは、まぁねぇ。。

とはその場では答えたが、むむむ。どうかな。

あのときは36歳のペーペーだったから暴走したのか、「責任ある」立場になった55歳の今、もし同じ状況があったら別のように行動するのか。

たぶんしない。

That is not something I would have done differently even if I had a chance to do so. Rather, that is one of the things I look back upon most proudly and dearly, thinking of my students then.

ヘルキャンプ 1996

そういえば、Hell Camp という言い方は 1995年、1996年頃 使っていたのだった。

約80人を二泊三日で英語合宿に引率。誰が呼んだか、体重ヘルヘル、へるキャンプ。

参加の条件は、一切日本語を使わないこと。一言でも日本語を使った時には自分の費用で即刻帰宅します、という一筆を書かせ署名までとって集まった自主参加の16~17歳、80人。

青年の家で朝から晩まで英語特訓また特訓。

しかし1日、2日とたつうちに、当然といえば当然ながら、入浴中や部屋では日本語を使っている、という噂が。

それはアカン! アメリカには Honor systemがあるんだよ、と一緒に行っていたRonが。そうだ、それはアカン。

というわけで迎えた修了式。

お前たちは日本語を使わないという条件で自主的に参加した。しかし、君たちの中には日本語を使っていた者がいる、という噂を聞いた。それは事実か?

それではこの場で聞く。お前たちのなかで、この3日間、日本語を一言も使わなった者がいれば立て。

ひとことでも日本語を使ったのなら、ルール違反をしたということなので、約束通り、単位は与えない。

それを確認した上で、もういちど聞く。

日本語を使わなかったものがいたか。いたなら立て。

(当然ながら、誰も立たない。)

よし。じゃあ全員使ったということだな。わかった。では全員不可とする。

以上、修了式を終了する。

かくして参加者全員、不可、となった。。。

のが、ヘルキャンプ 1996の夏。




ヘルキャンプ 2015

「合宿」、今年も終わりました。合宿じゃないけれど、毎日6時間半も顔を突き合わせているとバーチャル合宿みたいな気持ちになります。

4日前には初対面だった人たちと別れがたい気持ちになれるのはこういう形式ならではの醍醐味だと思います。

今回もバラエティに富んだメンバーでしたが、きっとそれぞれ感じとってくれたものがあると信じます。これからが楽しみな若者もいれば、さらにバージョンアップしそうなベテランも。

今日は、ヒートアップした気持ちのクールダウンとなまった身体のシェイプアップを兼ねて、A川沿いを北上し、最終的にはなんと懐かしのS峡まで行きました。さすがに36度の炎天下のジョギングは bad idea だったようで、夜になった今、腕やら首の後やらが真っ赤になってヒリヒリ。

(これぞ夏というような空に浮かんでいた白い雲の間にKKNがいないかと探したら、見えたような気がした。)

さあ明日はやっと帰れる。。。。

7/26/2015

教員の価値はどれだけいじめるか

20年前の同僚達と確認したこと:

我々の仕事の成果は数値にはなかなか表せないねぇ

卒業生からどれだけ連絡があるか、がひとつのバロメータじゃないかねぇ

そのために在学中はできる限りいじめようねぇ

生徒・学生との30センチ50センチの価値観がない輩が、肩書とか地位を(代償機制として)求めるねぇ

7/23/2015

生徒指導と教科指導は違うのか。違わない。

大学生なので「学生」指導と言いたいところだが、そういう表現はあまりないので、中高用語の生徒指導と書いた。教科指導も中高用語だが、要は授業という意味である。


【自分】が勤務する大学のキャンパスの喫煙が禁じられている場所で喫煙している【自分の】大学の学生を見て見ぬふりする教員は、そのまま、【自分】が担当してる授業で、【自分】の授業を聞いていない学生、寝ている学生を見て見ぬふりをする、職務怠慢教員であるのだろう、と私は思う。

学生の教室外の behavior を指導できない教員が、学生の学習・学修のほうだけはバリバリ効果的に指導できる、などということがあり得るのだろうか。 

あり得ないと思う。目の前の相手にどのようにコミットするかという点では同じだからである。


7/21/2015

おっかない

ここまでストレートに書いてもらうと、ストレートに嬉しい。


僕は、一年生の時に、英語学科の先輩に、靜先生の授業の様子を聞いていました。そして、その時から、この授業を受けることを、とても楽しみにしていました。どの先輩も、口をそろえて、靜先生の授業は、とても大変だと、言っていましたが、本当にその通りだった、と思います。靜先生は、本当に厳しく、おっかない先生です。しかし、同時に、やさしく、生徒に対する姿勢も、とても真摯なもので、授業を受ける側の生徒としても、その身が引き締まりました。本当に、僕が一年生の時に、期待していた通りの、とても楽しい授業でした。後期も、精一杯楽しんでいきます。

シラミは潰せばいなくなる。いなくならないのは潰す気がないから。

授業の関係で、ある特定の曜日の特定の時間帯(昼休み)にキャンパスの特定の場所を通る。

それは、キャンパス内でちょっと奥まっており、昨年以前はタバコを吸う学生で溢れていたので、大学として禁煙とし、横に密閉型の喫煙ボックス(プレハブ)を設けた場所である。

その場所を通る時に数名の学生が食後の一服を楽しんでいる現場に出くわす、ということが前期を通じて2~3度あったので、その都度、ここは禁煙だから、喫煙するならボックスに入るように言ってきた。いつも彼らは素直に従う。

その成果か、最近は外で喫煙している学生を見かけることはほぼなくなり、感心なことに皆ボックスに入って吸うようになった。(この場所はうるさい奴が通るから別の場所に行こう、となった要素もあるのかもしれないが。)

が、きょう通りかかると、いままさに一人の学生が、タバコを一本口にくわえた瞬間ではないか! なんという美味しいタイミング。

彼がライターを右手に持ったか持たないかの瞬間、

「ここでは吸わないよね!?」

と声かけ。

ギョ、この人誰?のとまどいが、0.01秒ほどあった後、

「は、はい。」

とタバコはしまわれた。

このような喫煙指導をして、反抗的態度を取られたことはかつて一度もない。

そこはキャンパスであって、こちらが教員もしくは職員だということはひと目で分かるのであるから、その状況で反抗するようなレベルの学生はうちにはひとりもいないのである。

我々大人がきちんとシラミを潰す気になれば、シラミはいなくなる。

シラミがいなくならないのは大人がシラミ潰しをしないからである。

シラミ潰しをしない理由は、シラミを潰すのが怖いのか、潰す気がないのか、あるいはその両方だ、ろう。

いずれにしても私には理解できない。