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7/30/2016

宗教(^^;)のように真面目に楽しく

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あんな大人数なのに、宗教のように学生の皆は真面目に楽しそうに取り組んでおり、こんな一体感のある授業はこの英語教育学入門だけなんじゃないかな、と思ってます。
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やっぱり学生からも、あの授業は「宗教」みたいに見えるのか、と大笑い。105人の信者が飛んだり跳ねたりのグルグル教の様子をビデオでお見せします。

お申し込みはこちら↓

http://www.velctest.org/misc/160806_lecture/

7/29/2016

8月6日 の猛獣使いショー、はっきり言って見に来る価値があります

再々度の告知ですが、8月6日、見に来てください。

シンポジウムという名前で授業の様子をビデオも交えて紹介するわれわれ3人は、憚りながらいずれも「ただの」(失礼。)大学教員ではなく、中学で、あるいは高校で、あるいはその両方で、かなり実質的な年数、teen-aged beasts を相手に猛獣使いをやっていた経験を土台にしながら、今は大学という現場で教えている、筋金入りの、いわば猛獣使い教員です。

ちなみに、3名とも、若林俊輔門下生。

淡路先生と靜は、若林師匠曰く、「英語教育界でもっともヤクザなふたり」だそうで。。(光栄なことです)

モッチー望月先生は、ヤクザどころか見かけは穏やかで大人の紳士の魅力が武器ですが、どうしてどうして学生に対する「圧」は並ではありません。

そういう猛獣使い3人が、猛獣使いにしかわからないノウハウを余すところなく公開しますから、学生がやる気がないとか、予習をやってこないとか、居眠りしているのがいるとか、ペアワークに参加しないとか、クラスの人数が多すぎるとか、面白い授業ができないとか、基礎力がなさすぎるとか、そういう、純粋培養(=大学を出て、大学院に行って、そのまま大学にもどって教えている)大学先生にありがちな--しかしわれわれ3人の授業ではありえない--悩みを抱えている方は、必見です!

猛獣にくらべれば人間の大学生の扱いなんてオチャノコサイサイですから。

後日、例年通り YouTubeでも様子は公開される予定ですが、学生の生の表情がでているようなビデオはさすがにYouTubeでは見られません。

さあ、生で猛獣ショーを見ましょう。

お誘いあわせの上、お申し込みはこちら↓

http://www.velctest.org/misc/160806_lecture/

英語能力測定・評価研究会[VELC研究会]

第5回研究会 8月6日(土) 13:30 ~ 16:30





1. 基調講演「VELC Testの概要と妥当性について」
水本 篤(VELC 研究会・関西大学准教授)
熊澤 孝昭(VELC研究会・関東学院大学准教授)
2. 基調講演「VELC Testの導入とその活用法: 大阪工業大学知的財産学部」
井村 誠(大阪工業大学教授)
3. シンポジウム
テーマ「私の考える アクティブ・ラーニング 大学生をやる気にさせる英語授業の提案」
シンポジスト:
 淡路 佳昌(大東文化大学准教授)
 望月 正道(VELC 研究会副会長・麗澤大学教授)
 靜 哲人(VELC 研究会会長・大東文化大学教授)
コーディネーター:水本 篤

ダメなところはズバズバ斬り、イイところは褒める: 孫弟子にも分かっていたこのシンプルなやり方

1年生の歌の授業の感想を読んでいたところ、前勤務校の教え子がその学生の高校時代の担任であった、ということが判明。実は今教えているのは、教え子の教え子だから孫弟子でもあるのだ、という妙な(?)感激。

しかもその学生が、なんと
ダメなところはズバズバと言い良いところは褒めてくれる先生のスタイルが私達のやる気を高めてくれました!英語を勉強している以上正しい英語の発音が出来ないという事は恥ずかしい事だと思わなければいけなく、学生のうちに学べる事に誇りをもって授業に参加する事が出来ました。
などとtoo good to be true なことを書いてくれており、いやあ、かなりかなり嬉しいなぁ。。。

7/27/2016

生徒は褒めて伸ばそう

西日本で教えている2年目の教え子に聞いた話。

ALTとのTTでグルグルを分担してやったところ、そのALTが、ダメ出しをすることによる生徒のその後の向上具合に驚いた、と。

それまでALTの研修ではずっと、Super! とか、Awesome! とか言うようにということを口をすっぱくして叩き込まれたので、これまではずっと、生徒のパフォーマンスが、どんな "Crap" (という本人の言葉とのこと)でも、褒めてきた。しかし、(当然のことながら)生徒のパフォーマンスのレベルはずっとクラップのままだった、と。

ところがグルグルでダメ出しすると生徒のパフォーマンスが変わる!という当たり前の事実に驚愕し、いままでのはなんだったのか、と思ったと。

そらそうでしょ。

ダメなものをダメといい、良くして、良くなった瞬間すかさず、それだ!! その感覚を忘れるな!と褒めるのが、大切なのだ。

あたり前田のクラッカー。(古!)

7/26/2016

英語教育改革のカギは、ICT と アクティブラーニングにあり!

なんて言っている輩にロクな奴はいない。

間違いなし。

ICTくだらん。

チョークと黒板が基本。

チョークと黒板でできないことはほとんどない。

チョークと黒板でいい授業ができる人が、ICTを使えば、多少はもっと便利な授業はできる。

が、

チョークと黒板で効果的な授業ができない奴が、機器の力を借りて効果的な授業ができることはありえない。

ICTに逃げるな。

電子黒板に逃げるな。

電子黒板、ほとほとクダラン。

生身の人間教員こそが、もっともインタラクティブで、アクティブで、コミッティッドな存在なのである。


烈火のごとく怒る理由は

今日は英語科教育法の前期最後の授業だったが、数名、怒鳴りあげた。

何を怒鳴りあげたかというと、特定の発音を意識していないということについてである。

できないのは仕方ない。しかしできるのに無自覚でやらない者は許せない。

/ l / で、意識して舌先をしっかり歯茎に長めに接触させる、というポイントを何度なく教えてきたにもかかわらず、無自覚な発音をする者に対して、烈火のごとく怒った、のである。

以下、再現ドラマ:

お前、やる気はないのか?

あります。

じゃあ、いまのポイントは何だった?

Lです。

Lのポイントは何だ?

舌を歯茎につけることです。

つけようとしていたか?

いませんでした。

何でしないんだよ? あ~!? 何でお前はそうやって、自分の時間と周りの時間を無駄にするんだ?! 自分の口なんだから自分で責任もってコントロールしろや! なんで5メートルも離れた俺からお前の舌がついてない、なんて指摘されなければならないんだよ。自分の口なんだからきちっとやれよ。

LもRもわけがわからんやつに、大学の名前を背負って教育実習の教壇に立たせるわけにはいかねえんだよ。実習先の生徒に害毒だから。

半年やってんだから、いいかげんに学習しろや!!

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Lができない学生をこれだけの勢いで全員の前で怒鳴りあげる大学教員はたぶん日本で私だけだと思う。

この学生は今日の授業中を通じていじめたが、終わったあとやってきて礼を言っていたので、後期に期待したい。

7/20/2016

部活はアウトソーシングしたほうがよい

一つの流れとして、中学校、高校の部活動の指導をアウトソーシングしようというものがある。

ほとんどのスポーツのベースが学校の部活動にあるという日本の特徴的なパターンを所与のものとしての話だが、それならば、その学校の部活動の指導・監督に当たる担当者を、学校教員でなく、外部から導入した専門家にする、というものだ。

いつ全国的に実現するのかは予想がつかないが、大賛成である。この動きを私は大いに歓迎したい。

学校の教員が部活指導に当たることの意義はある。うまくいっているケースもたくさんある。教師が部活を指導するなかで生徒の人間的な成長を保証し、また授業だけでは得られない関わりを形成ているケースはたくさんあると思うし、個人的に見聞きもしてきた。その意味で、現在の形の部活は一定の成果を上げているのは間違いない。

それを好む人がやっている場合には問題は少ない。

しかし好むと好まざるとにかかわらず、部活顧問に割り振られてしまい、土曜も日曜もなくなってしまう。それはシステムとしてアウトだと思う。

「プライベート」がゼロで、何もできない。そういうブラックな職種である。

そういう認識が広まる結果、「生徒に英語は教えたい。教えたいけれど、プライベートがゼロになるような仕事はちょっと。。。 」ときっと優秀な英語教師になるにちがいない人材が、この業界に入らない選択をしてしまうケースが現実にある。

そして、業界に入った人間も、忙しくて十分に授業の準備もできない。

それでは本末転倒を絵に描いたようなものである。

自分は、◯◯部の顧問になりたいので、(教科としては成り行き上)英語の教師を目指しています、そういう人種も一定数、かならずいる。

そういう人種は、システムとして(特に運動部)部活顧問のアウトソーシングが定着すれば、片手間とはいわないまでも第二次的な希望である英語教員免許などとる必要がなくなるのである。

授業は授業のスペシャリスト、心のケアは心のケアのスペシャリスト、スポーツ指導はスポート指導のエクスパート、そのそれぞれが自分の本業に磨きをかけて、ちゃんと土日は休み、リフレッシュし、それなりの収入も得て、充実した人生を送る。それがあるべき姿であるし、それが、生徒に対して質の高い授業、質の高いスポーツ指導を保証することにつながる。

教育実習から帰ってくると、きまって「教師は授業だけではないのだ、と実感しました」という感想が出てくる。それは今の現実だが、それを肯定してはいけないのだと思う。

部活「も」命の英語教師を(まともな授業をやっているという条件において)否定はしないが、そうではなく、本業である授業に時間とエネルギーを注ぎたい、という種類の若い教師を否定するような、あるいはそういう教師が生きる余地がないようなシステムは、ダメなシステムなのだと思う。

若林俊輔先生は生前、よく「君たちの免許は英語科教諭の免許であって、その他の免許ではないのだ!」と力説されていた。ようやく時代が追いついてきたのかもしれない。