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12/27/2021

教育実習時の訪問指導による実習生授業の改善の詳細

以下の論文をアップロードしました。中学校での教育実習を訪問し、授業を見、次の空き時間に講評し、その講評を取り入れてさらに次の時間に別のクラスで同じ授業をやる、というアレンジで録画したビフォア授業とアフター授業の詳細を比較したものです。講評によってすぐに修正された部分と、修正されない部分がありました。「生徒が発話している(歌っている)時には、教員は同時に発話せず(歌わず)黙って生徒の音声クオリティに耳を傾けてフィードバックに備えよ」というのは、なかなかできないようです。生徒にも声を出して欲しいので、ついつい自分でも声を出してしまう教員の気持ちはわかりますが、きっかけとしては良いとしても、それをしていると「指導」ができません。


2020 年度訪問指導時の講評による英語科教育実習生授業の変化
Changes in a 2020 EFL student teacher's instruction through an on-site feedback session


11/28/2021

"Repeat after me." を超えよう。 単語でも、そしてセンテンスでも。

 一般財団法人 語学教育研究所から出ている 『語研ジャーナル (The IRLT Jounal) 』第20号 (pp. 117-120) に、手島良さんの「フォニックス 〜生徒を自立させるための助言〜 Repeat after me. を超えて」という論考が掲載されている。

単語の読み方の指導で、モデルを提示して後について繰り返させるだけでは、短期記憶にあるその時の音声イメージを再生させているだけで、新たな語を自分で読める学習者を育てられないのであり、モデルを示す前に、当該単語内のポイントとなるフォニックスルールを思い出させ、あるいは教え、その上でまずは自力での発音を促してみる、という作業を繰り返してゆくことが、ゆくゆくは自立して単語が読める学習者を育てるためには不可欠である、という指摘である。

Couldn't be more true. だ。

これは私が先日のポストで指摘した、スペルアウトさせるのは文字と音声の結びつきを指導していないことの裏返しだ、という点とも関わる、とくに中学生を指導する上で大変に重要な点である。いつか見た次のような授業風景を思い出す。

単語の発音練習。いくつもの新出語を先生のモデルについて生徒がリピートするという作業をテンポ重視で進める。テンポ重視でというのはここでは良い意味ではなく、先生もひとつひとつの音を噛んで含めるように提示していない、生徒ももちろんほぼカタカナ発音でやたらはやくついてゆく、という意味だ。ひとしきり一斉練習が終わったら、こんどは個人を当てて発音させてみる。とりあえずどカタカナでも発音できる生徒も多い。が、ある生徒がさっき読んでいた単語が読めずに止まってしまった!すると先生は「なんで、さっきまで読んでいたそんな簡単な語が読めないの!」といった調子で、その単語のリピートをその生徒に3回、4回、5回、と強いてゆく。読めないのは繰り返しが足らないからだ、練習が足らないからだ、と思っているらしい。

それを見ていた私にはその生徒が哀れに思えて仕方なかった。その生徒はおそらく短期記憶も長期記憶も周囲よりもやや弱かったのだろう。しかし彼であっても、先生が「この単語は全体としてこういう音だ」というアプローチではなく、「この文字(列)は、こういう音だよ」というアプローチをしてくれていたら、それほど周囲に遅れずについていけたのではないだろうか。

さて、この「単語の発音指導は、Repeat after me. を超えなくてはいけない」という命題は、その延長線として、「センテンスの音読指導は Repeat after me. を超えなくてはいけない」という命題につながる。

あるセンテンスでは、強く読まれるのはどの語か、おそらくリンキングされるのはどの部分か、おそらく破裂音が開放されないのはどの部分か、ポーズがおかれるのはおそらくどこか、ピッチが上がるのはおそらくどこか、下がるのはおそらくどこか、などの判断が自分でできるようにならなければ、いつまでたっても自立的な音読者(インディペンデント・オンドッカー?)にはなれない。これは自分で文字をみて音声化の判断ができなければ単語が発音できないのとまったくパラレルであろう。

センテンスの音声化でも、まずはモデルを聞かせ、音声化のポイントを言語化して意識させることが必要だが、その後は徐々に、モデルを与える前に学習者に音声化させてみて、それに修正を加える、という作業が不可欠だと考えている。そのために私自身が実践し、かつ学生にも勧めているのが、まずセンテンスをみたらその音声イメージ(特にポーズやリンキングの有無や、音声変化の様子、文のストレスやイントネーションなど)を頭のなかで予想してみてから、ネイティブ音読のモデルを聞いてみて、自分の予想がどの程度合っていたか、どこが微妙に違ったか、というのを確認し、次の予測に活かす、という作業だ。この作業をやってみて、おおむね予想が的中するようになれば、自分の音読についてある程度の自信を持って良い、と考えている。




11/25/2021

機械的 にスペルアウトさせることから透けて見える、実はとても深刻な問題

 生徒に単語のスペリングを言わせる(スペルアウトさせる)光景をよく見かける。あまりよく考えずに実践されていることが多いと思われるので、考えるべきことを整理してみたい。

(1)単語を正しくつづれる能力と、口頭でスペルアウトする能力は、関連しているがイコールではない。おそらく後者があれば前者はできるが、逆は必ずしも真ではない。自分でよくよくスペリングも発音も熟知している単語でも、スペルアウトはスムーズにできないことがあるのは自らを実験台にして確かめられる。果たして、初学者である生徒に、スペルアウトの能力は必要だろうか。私は必要ないと考える。

(2)スペルアウトするには、それぞれの文字の名前を正しく発音し、かつ3文字ないし4文字ごとにチャンクとして固めて、リンキングさせ、リズミカルに言うことが望ましい。果たしてそれができているか?単に、どカタカナ発音で、ティー、エイチ、ユー、アール、ディー、エイ、ワイ、と言わせることにどれだけ価値があるだろうか。私にはほとんど価値がないと思われる。ティーエイチューアー、ディーエイワーイ、と言うなら少しは文字の発音練習にはなるだろうが。

(3)スペルアウトさせようと言う発想は、フォニックス的な感覚を指導していないことの裏返しであることが多くないだろうか。つまり、Thursday という語を提示するときに、TH[θ] + UR[ə́ːr] + S[z] + D[d] + AY[eɪ] でそれぞれの音があるので、足し算して θə́ːrzdeɪ なのだ、という指導をせず、機械的かつ丸暗記的にスペリングを何度も言わせて覚えさせる、という発想になっていないだろうか。フラッシュカードで単語全体を提示して、全体でこういう音だ、スペリングは何度も目でみて覚えろ、スペリングを言って覚えろ、という指導と言えない指導になっていないだろうか。

(4)どカタカナ発音でスペリングを言わせるのは、英語の音自体をきちんと指導していない、英語の文字と音の関係をきちんと指導していないことの裏返しではないだろうか。library  に対して、エル、アイ、ビー、アール、エエ、アール、ワイ、と言わせる必要はまったくない。なぜなら文字をそのまま読めば発音になるし、発音をそのまま文字で表せばこのスペリングになるからだ。発音をきちんと指導しないから、生徒とすると「クソ暗記」をせざるを得なくなり、「えっと、LかRだっだけど、どっちが先だったけ?」ということになるのだ。

日本の街中の様々な掲示物に見られる英語スペリングは、日本の中学高校(+大学)の英語教育の成果の端的な現れだと思うが、L/Rの混同が半端ないのは、多くの学校で発音指導せずに機械的なスペルアウトをしていることの必然的な帰結だと言えるだろう。


以下はFacebook Groupの、Engrish in Japanに投稿された写真のほんの一部である。











11/24/2021

自分の部屋をキレイにすれば、自ずと他人の部屋も気になってくる

久しぶりに中学校英語研究会に招かれて、研究授業を観た後、その講評及び講演をしてきました。

授業は指導案の、「主体的にとりくむ態度の評価の工夫」という文言からして「おそらく」とは予想していたのですが、やはり....。対話教材の不十分な一斉指導のあと、生徒に丸投げで「練習」させたあと、必然的にザ・デフォルト日本語ネイティブ英語音声で「発表」させて、それを的外れに「褒める」という典型的な手順。英語人生の事実上の出発である、大切に大切にすべき中1でこれか、と暗い気持ちになりました。

講評で最初にお伝えしたのは以下の内容です。

「ここは英語を教えるプロだけが集まっている閉じた場なので申し上げますが、授業者の先生は今日の教材に関してご自分の音声レベルをもっと上げていただきたいと思います。そうすると見えるものが違ってきます。汚部屋にいると他人の汚部屋は気になりませんが、自分の部屋を綺麗にすると他人の汚部屋が気になり出します。その状態になったら生徒の音声レベルをどうやって自分のところまで引き上げるかを考えて下さい。生徒は楽しそうでしたが、あれで満足させては彼らが可哀想ですよ。もっとずっと上手くしてあげられます。」

大きなメッセージは以上ですが、あと申し上げたのは以下の3点です。

(1)単語の綴りを(日本語ネイティブ英語発音で)スペルアウトさせていましたが、あれは、英語の文字を一文字一文字読ませて音声化する指導が欠如していることの裏返しです。Novemberのつづりを機械的に「エヌ〜、オオ、ブイ、イイ、エム〜、ビイ、イイ、アール」などと(しかも非英語発音で)言わせるのではなく、一文字一文字との対応を意識させながら、「ノウ...ヴェンm ブァ〜」ときちんと言いながら書かせる指導をしてください。

(2)教師の肉声での音読と、CD音声を聞かせるのと、棲み分けを意識してください。CD音声を聞かせてもそれだけで英語の音声が聞こえて真似ができる子は5%くらいです。あとの生徒はいくら英語音を聞いてもカタカナに翻訳して聞いてしまいます。だからそこで、教師の肉声でのコメントが必要になります。また特定の母音や子音を強調したり、リンキングを説明したり、ゆっくり発音したりして、徐々にCD音声のレベルまでもっていってあげるのが教師の肉声の役目です。

(3)Megのことを Megu と言っている生徒がいましたが、MegとMegu は音声数も違ってかなり違います。そういう母音を付加する、しない、というのは英語音声にとってとっても大きな問題です。たかが Meg vs. Megu ですが、すべてに通じます。MegをMegu と言う子は、nurseのことも、narsoo と言うでしょう。


この後講演に移り、最後は以下のスライドで結論づけました。

Let us teach English rather than Engrish.

 
【心】日本語ネイティブのための英語発音指導の重要性をきちんと認識し、それを生徒に本気で伝えましょう。
【心】生徒全員の発音が底上げされるように、授業ではいつも「まずはクリアな発音ありき」ですべての活動を組み立てましょう。 
【技】グルグルをして、発音技能をコンスタントにシステマティックに訓練し、かつ評価しましょう。 
【技】是非、授業のルーティーンに歌を取り入れましょう。





11/19/2021

レベル別4技能教科書 Ambitionsシリーズの著者による使用法紹介セミナー 12月5日(日)14:00 -15:30


 ご好評をいただいているAmbitionsシリーズですが、改めて概要と、3名の著者それぞれによる実際の授業での使用法をご紹介するセミナーを開催します。熊澤先生は教科書をそのままつかったオーソドックスな方法を、靜はオンデマンド動画の制約のなかでのインタラクティブ性の演出を、望月先生は題材の背景や関連話題にまでふくらませる手法を、それぞれお話する予定です。どうぞ奮ってご参加ください。

11/16/2021

英語授業ではまず基本の「型」をおさえたい

 語学教育研究所編著『英語授業の「型」づくり:おさえておきたい指導の基本』が出版されました。


授業方法について教員志望の学生に推薦したい一冊として、ついに決定版に巡り合ったという気がします。英語教育を取り巻く学問分野は多岐に渡りますが、あれもこれもと欲張らず、「英語ですすめる英語授業を効果的に行うための基本のパターン、定石にはどういうものがあるか」にテーマを絞って、いずれ劣らぬ授業の達人たちがそれぞれの実践から導きだされたエッセンスを記した本です。

一読して、授業実践のために要らないことは書いてなく、要ることはすべて書いてある、という印象を持ちました。

オーラルイントロダクションの実際のスクリプト例や板書計画例は、学生のみならず、現職の先生方にも大いに参考になるでしょう。

私個人が最も関心があるところの音読指導に関しても、学生に伝えたいと私が考えることはすべて要点を絞って尽くされています。特に、chorus reading、buzz reading、individual readingのすべての段階において、発音やリズムなど音声面で直すべきところでは躊躇なく直すべきだ、と繰り返し述べているのがありがたいです。

「確かに、改善点を指摘されないほうが生徒は心理的には楽かもしれません。まして、欠点ばかりを滅多斬りにされれば、学習に背を向けることもあるかもしれません。しかし、より上手く読めるようになりたい、という気持ちはどの生徒も必ず持っているはずです。惚れ惚れするような発音で教師がモデルを示せれば、そういう気持ちは一層強くなるでしょう。そういう潜在的な希望に応えるためにも、教師は生徒の様子を見ながら、できる限りのフィードバックをするのが努めだと言えます。」(pp. 100-101)

まったくその通りです。多くの学生や先生方にぜひ読んでいただきたいと思います。




9/17/2021

9月26日 13:00-14:30 Zoom発音セミナーやります。

お申し込みは、→ 語研のサイトから 

ア・ラ・カルト講座㉑「これならできる!コロナ禍下での発音指導」


日時:9月26日(日)13:00〜14:30
(申込締切9月23日(木))

講師:靜 哲人(大東文化大学)


新型コロナ感染症により、現在授業では教員・生徒ともマスク着用が普通です。その状況でも効果的に発音指導を実施するためには、口が見えなくとも音声だけで瞬時にクオリティを判定する力が大切です。発音指導の心・技・体をおさえた上で、英語教員としての発音指導力を向上させるお手伝いをします。練習の題材にはスピーチと歌(著作権フリー)を用います。


講師プロフィール
15 年間、中・高・高専で教えた後、大学に移って 24 年目。大東文化大学で英語教員養成にあたっています。主に音声技能の向上のさせ方に関心があり、一斉授業内の個別指導方法としての「グルグル メソッド」、実際に英語の歌を歌わせることでの発音練習、のふたつを提唱しています。主著は『英 語授業の心・技・体』(研究社)。今年から学生支援センター所長なので、標語は『私、学生の味方 です』。

参加費:会員 1,000 円 非会員3,000円 (学生は各半額)

開始時間 13時00分
予約締切時間 2021/9/24 0:00

9/11/2021

「絶滅危惧種教員」の件、補足です

 「絶滅危惧種教員」のポストが無用のご心配を生んでしまったようなので、背景説明および補足をさせていただきます。

あの↓ポストを読んで、「自分のことを絶滅危惧種と呼ぶなんて、靜さん不本意な出来事があったのかな」「自分の指導スタイルについて自虐的になっているのかな」と思ってくださった人が少なからずいたようです。ミスリーディングだったようですみませんが、まったくそんなことはありません。

学内の書道系の研究所が出している定期刊行物の「巻頭言」を依頼されたので、「書道と英語発音指導を関連させてなにか書けないかな」ということで書いてみたのがあの一文、ということです。それ以上でも以下でもありません。

「絶滅危惧種」という表現を私自身が聞いたのは、実はかの松坂ヒロシ先生からです。先生と会食させていただいた際、「我々のように発音指導に注力する教員は絶滅危惧種と言われているらしいですよ。そんな時代ですが、ひきつづき頑張って参りましょう!」(要旨)という文脈で「絶滅危惧種」という表現を使われていたものです。

松坂先生も、発音指導教員が絶滅する運命にあるグループだとは思っていらっしゃらないと拝察しますし、少なくとも私自身もまったくそう思っていません。ですので、みなさま、今後とも今まで通り、よろしく(何を?か不明だけど...)お願いいたします。

9/09/2021

「ダメ出し」をする絶滅危惧種教員のつぶやき

私は特に発音指導に力を注いでいる英語教員です。発音は舌、唇、あごといった調音器官の動かし方の巧みさによって決まります。脳がそれらの調音器官を上手く動かす力(細かい運動技能)に関わりますので、知識として知っているだけではだめで、実際に舌や唇がそのように動かせるかどうかが問題となります。この点で、腕、手、指などの動きによって決まる(と素人には思われる)書道実技とかなり共通する部分もあるのではないでしょうか。

書道でも同じだと思いますが英語発音においても誰もが最初から完璧に上手いということは当然ありません。というよりも上手くない段階だからこそ教室という場にいるわけです。そこで指導が大切になります。ところが現在の英語教育界では発音の指導には人気がありません。人気がないどころか時代錯誤的であると思われているフシさえあります。

ひとつの原因は、英語が世界中に広まって特に発音に関して様々な変種が生まれた結果、「発音なんかそれぞれでいいじゃないか」という考えが主流になったことです。書道に喩えるなら「文字の見かけなんかそれぞれでいいじゃないか」とでもなるでしょうか。

もうひとつは「学習者は褒めて育てるべきで、パワハラと言われかねないダメ出しなんてやめよう」という考えです。書道に喩えれば、「学生の書いた書はとにかく褒めるのが大切で、足りないところを指摘するなんてもってのほかだ」となるでしょう。

どちらの姿勢も私に言わせれば馬鹿げています。発音の様々な変種のなかにも「これだけは外してはならない」という最大公約数は厳然として存在しますし、指導にあたっては良いものは良い、ダメなものはダメだと明確に伝えて上達のヒントを示すことこそが教師の最大の責務と考えるからです。

ところがこういう姿勢をもった英語教員はどうやら「絶滅危惧種」のようです。それは残念なことですが、私個人には関係ありません。種として絶滅しようがしまいが、私自身は最後の最後まで「ダメ出し」を続け、自分の受け持つ学生たちの英語の質をできる限り上達させる責務を全うするつもりです。





8/19/2021

8/22 Over the Rainbow や 8/29 Steve Jobsのスピーチ、練習しませんか?

 8/22と8/29に、歌、そしてスピーチを題材にしたセミナーをいたします。まだ余裕がありますので、よろしければご参加ください。

*◆57224 英語らしい発音で歌いましょう!〜歌で上達、英語発音〜
<https://www.nichibei.ac.jp/search/class/template.php?code=57224>*
日時:8/22(日)10:00〜12:00(120分)

「Over the Rainbow(虹の彼方に)」と、「Grandfather's Clock(おじいさんの古時計)」というスタンダードな英語の歌を題材にして、英語の発音をコーチいたします(実際に歌っていただきます)。
Zoom上でビデオオフ、匿名で参加していただくこともできるので、他の参加者の目を気にすることなく、思い切ってコーチングを受けていただけます。大人になると、発音のダメ出しはなかなか受ける機会がないはず。この機会に是非!
他の参加者の発音に対する私のコメントを聞くと、どういう音が良くてどういう音がダメなのかを聞き分ける力もつくでしょう。

*◆57225 英語らしい発音で語りましょう! 〜スピーチで上達、英語発音〜
<https://www.nichibei.ac.jp/search/class/template.php?code=57225>*
日時:8/29(日)10:00〜12:00(120分)

Steve Jobsのスタンフォード大学でのスピーチと、映画「Love Actually」の冒頭ナレーションを題材にして、英語の発音をコーチいたします。
Zoom上でビデオオフ、匿名で参加していただくこともできるので、他の参加者の目を気にすることなく、思い切ってコーチングを受けていただけます。大人になると、発音のダメ出しはなかなか受ける機会がないはず。この機会に是非!
他の参加者の発音に対する私のコメントを聞くと、どういう音が良くてどういう音がダメなのかを聞き分ける力もつくでしょう。



発音記号ではなく発音を!

「発音記号は覚えさせる必要はなく、見て発音できるようになればよい」というご意見に対する私のお返事です:

なるほど。発音記号を「覚えさせる必要はまったくない」とのお考えなのですね。ただ「記号を見て発音できる」だけでよい、ということは、書けなくとも、読めるようにする必要はある、というお考えかと理解しました。「読めるようにする」と「覚えなくともよい」の線引きはなかなか難しそうですね。

音声ボタンを聞いて単に真似ようとしてもうまくいかないことが多い、はまったくその通りと思います。そこでこそ我々、(人間)教員の出番である、ということかと思います。

先生とこうしてやりとりをしながら改めて自分の考えが、(発音記号を使うにせよ、使わないにせよ)中学高校の現場で、「発音」(音自体)の指導をもっときちんとして欲しい、というものであることを感じます。そしてそのためには、(基本的には)発音記号を介さずに、綴をもとにして音自体を練習するのがベターだろう、というのが今の私の考えだ、という整理が自分の中ではできました。

L/Rの区別や、B/Vの区別なども最重要項目だと思いますが、これについては大学生でも入学時にはできていない学生は珍しくないどころか多数派です。そしてその区別は発音記号を出すまでもなく(スペリングと発音記号は同一ですので)「しっかりスペリング通りに発音する」という技能(←知識ではなく)の習得不足・練習不足かと思います。もっと「音」自体をしっかり練習して習得して欲しい、そしてそのためには記号云々ではないのではないか、というのが今の偽らざる気持ちだということなのです。




 

8/12/2021

発音記号を教えるのは必須か?

 先日、全国英語教育学会において、「英語授業での発音カタカナ表記に関する考察:カナ/英文字混合表記システムの提案」というタイトルで発表を行った。内容はこちらにアップしてある

発表したカナ/エイ文字混合表記システムについて、本日、メールで質問(コメント)をいただき、私の考えを問われたので回答したのだが、その内容をこちらにも書かせていただく:

質問者は音声学を専門とする大学教員の方である。

7/12/2021

9/3 VELC研究会を行います

お申し込みは→こちら 

第6回VELC研究会 2021年9月3日(金)14:00~17:00

基調講演1
VELC Test 短縮版の信頼性および基準関連妥当性の検証
項目数の漸減はテスト特性にどの程度影響を与えるか?
靜 哲人先生(大東文化大学教授)
14:00~14:20(その後質疑応答5分、休憩5分)
基調講演2
神戸学院大学様VELC Test Online導入事例
平井 愛先生(神戸学院大学教授)
(事前撮影動画になる可能性あり)
14:30~14:50(その後質疑応答5分、休憩5分)
パネル・ディスカッション:「オンライン授業と評価」
コーディネーター:望月正道先生(麗澤大学教授)
パネラー:靜哲人先生、望月正道先生、臼倉美里先生
コロナ禍対応「対面出席を完全任意とするハイブリッド授業」での評価
靜 哲人先生(大東文化大学教授)
15:00~15:20(その後質疑応答5分)
オンライン授業でできること、できないこと
望月正道先生(麗澤大学教授)
15:25~15:45(その後質疑応答5分)
個別指導と同期型を組み合わせた一般英語のオンライン授業
臼倉美里先生(東京学芸大学准教授)
15:50~16:10(その後質疑応答5分)
パネル・ディスカッション
16:15~16:45(その後質疑応答5分)




6/10/2021

「主体的で対話的で深い学び」というスローガンのなす100害

 本日の実習生の授業を巡って感じたことのひとつは、例のなんとか省が言っている「主体的で対話的で深いナンチャラ。。。」という空虚な文言が独り歩きして、すくなくとも英語という教科は結構迷惑を被っているな、ということである。

どういうことかと言うと、今日の実習生授業はかなり忠実に指導教員の授業を模倣しており、その授業がどちらかというとトラディショナルであったのだが、それを見た管理職が「(文科省がめざしている方向に照らして)いかがなものか」という批判的な姿勢だった、という構図だったということだ。

学習の一般論として、受け身よりは主体的、一方的よりは対話的、浅いよりは深いほうがいいのは当たり前である。が、それを一律にすべての教科や科目に押し付けるという発想がおかしい。

「主体的」に学ぶのはお題目としてはいい。が、それが教師主導のトレーニングを否定的にとらえるためのお題目になるならば、有害だ。生徒に達成感をもたせれば、もっともっと上達したい、と主体的になる。教師が「引いて」しまっては意味がない。

「対話的」もべつに授業が対話的である必要はまったくない。とくに英語や体育や音楽のような実技的、スキル養成的要素がつよい教科では、内容的な対話、問答は出る幕がないことも多い。教師のほうが100倍スキルが上である(はずな)なのだから、思い切り上から一方的に効率的に知識と技能を伝授するのがよいのである。

「深い」学びもなにも、現代社会や母語である国語とはわけが違う。外国語である英語はまず単語を増やして文法を覚えて使い方に慣れて、というような読み書きそろばん的な問答無用のトレーニングが大切であり、理屈をこねる前に腕立て腹筋100回やれ、という話が重要なのである。そうでない、という英語教員がいたら、たぶんその人は腕立て腹筋100回ができない人だろう。

私の教え子教員たちには、自信と確信をもって、指導者主導で、一方的に、とりあえずの表面的な知識でもいいから単語の意味や文法事項の使い方を、ガンガン問答無用で注入してほしい。

理屈をこねるのは例えば3000語が使えるようになるといったthresholdを超えてからでよい。読み書きそろばんを一段下に見ているのか?スキル科目の教師を馬鹿にしないでもらいたい。


4/24/2021

生徒/学生の「聞き間違い」を活かすフィードバックと発音カタカナ表記の話

<学生へのLINEのコピー> 

きのうの、What if I ....を、What define ..と書き取った人がいます。

これはとても貴重な情報なのですよ。つまり、what if I ...が、自分の耳にどう聞こえたのか、つまりどういう音で発音されたのか、に関する非常にいいヒントです。

(もし自分の生徒が、こういう書取をしたら、たんに「間違い」で片付けてはだめ。)

どういうことか。  What if のtは、アメリカ発音だと、d化することがおおい。 whad if → wha  dif 

そしてもちろん  if i は、  i fi  イファイ のようにつながる。

だから、 define のように聞こえたのは、ある意味正解なのです。

そう聞こえた「耳」は正しかった。その耳からの情報を、ただしく  What if I ...と解釈する「脳」が足らなかった。

普段から自分でも、 what if I ...を、ワディファイ..と言っていれば、すぐにわかるようになるのです。

それから英語教員志望者向けの話: 一般論として、こういう発音のカタカナ表記は、こうやってピンポイント的に(正しく)使うと、非常に有効です。 とくにリンキング部など。

教育実習で場合によってはプリントで、ところどころ英単語にカタカナを振らせる場合があるのですが、そういうとき、なるべく「よい」カタカナをふりましょう。

私は小学5年生のとき、ラジオの基礎英語をテキストなしで聞いていたとき、 あとから思えば、 Yes, it is. だったのを、音だけから、 イェ〜s  ィリエ〜z と聞いていました。

 a lot of apples アラーラvエァポウz   とかね。

音声学に裏付けされた、「役に立つカタカナ表記」を身に着けましょう。





4/04/2021

Speak Out!【Kindle本出版のお知らせ】

Speak Out!: Connecting the Four English Skills がようやくKindle本として出版にいたりました。CreAid Learning 社としての最初の出版物であり、その著者になれたことを光栄に思っています。

大学の入門レベルの学生を対象として、Kindle、音声、動画が立体的に組み合わさった我が国初のマルチメディア英語教科書です。試し読みができますので、どうぞ覗いてみてください。スマホ、タブレット、PCのいずれでも読むことができます。

なお、授業での使用を前提とした教科書であって自習用ではありません。Kindle内でインタラクティブに解答の正誤判定がなされる、ということではありません。正解はあくまで授業で採用してくださった先生を通じて提供されます。

発音練習のための付属アプリ(App Store / Google Playで別途¥250)もありますが、只今、絶賛、最終仕上げ中ですので、少々お待ちください!

よろしくお願いたします。著者


3/24/2021

電子教科書 Speak Out! のサンプル動画と音声が聞けます

クリエイド・ラーニング社から刊行される、大学生用の電子教科書  Speak Out! のサンプルです。スマホ、タブレット、パソコンで利用できる教材で、会話練習や発音チェックのアプリも付属しています。こちらのURLから音声や動画を聞いていただけます。















1/29/2021

「目隠しリピーティング」を紹介してもらいました。

目隠しリピーティングって?

ブログの筆者は私が高校教師時代に担任をしたMamikoさん。英語を教えた高校生がいまこうやってご自身で英語を教える仕事に関わっているのはとても嬉しいことです。

1/13/2021

新刊教科書の紹介のためのウェビナーを1/23に行います。

 金星堂 新刊ウェビナー2021


2021年度英語教科書新刊の中から4点について著者ウェビナーを開催します。
対象は大学・短大などで英語授業をご担当の先生方となります。
(お申込みにはzoomのアカウント登録が必要です)

なお、事前に下記の各教科書のURLより見本をご請求いただき、
お手元に見本をお持ちいただいてご参加いただくと、より一層内容を理解しやすくなります。
是非、事前に見本をご請求ください。

日時:2021年1月23日(土)13~15時(終了時間は予定です)
内容:
13:00~13:30(うち質疑応答10分)
『Active English through Movies / アクティブ・ラーニング型 映画で学ぶ英語4技能』
https://www.kinsei-do.co.jp/books/4125/
登壇者:塩見佳代子 先生

13:30~14:00(うち質疑応答10分)
『World Insiders―Authentic Videos from INSIDER / INSIDERで観て学ぶ 総合英語と世界の深部』
https://www.kinsei-do.co.jp/books/4121/
登壇者:吉田国子 先生

14:00~14:30(うち質疑応答10分)
『Easy Writing Output! / ライティングから始める英語アウトプット』
https://www.kinsei-do.co.jp/books/4122/
登壇者:鬼頭和也 先生

14:30~15:00(うち質疑応答10分)
『AMBITIONS Beginner /4技能統合型で学ぶ英語コース:入門編』
https://www.kinsei-do.co.jp/books/4119/
登壇者:靜哲人 先生

【事前登録はこちらから】

https://zoom.us/webinar/register/WN_ANTN5WCvSWCSSRe4sCy6dg
ご登録後、ウェビナー参加に関する確認メールが届きます。

1/09/2021

デジタル「教科書」の日本語ネイティブ英語教師の英語がこれでは困る

このビデオに出てくる日本語ネイティブ教師役の方の英語発音ですが、もうすこしなんとかして欲しい。シュワもヘチマもない感じある。またLも限りなく微妙だ。「先生」はもっともっと先生らしい英語を話していただきたい。これは「英語があまり上手くない」という日本人英語教師の悪いステレオタイプを敢えて採用しているのか?「教科書」にこれを出すのはいくらなんでも、いくらなんでも....では?