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6/27/2017

プチ遅刻の女王に、ついにブチ切れた

On punctuality 

教職の授業です。遅刻者をどう防止するか、どう対処するか、なども考えるトレーニングも含む授業です。そういうことを考えるべき履修者がなぜ自分で遅刻するのでしょうか。通常の授業にもまして、punctuality を絶対視してください。始業の少し前に教室入りすることを見越して家を出るから、すこしの遅延で遅刻します。絶対に遅刻できないならば、もっとずっと余裕をもって家をでるはず。開始時刻の30分以上前に教室に入ることを目指せば、多少の遅延があっても遅刻しないはず。誰でも遅刻することはありますが、何度も遅刻するのは何かがおかしい。修正すべし。授業する側にとって遅刻ほど迷惑なことはありません。ずっと早く教室に入って予習していたらどうですか。自分は今でも最寄り駅の始発に乗っている、これ以上早くは来られない、というケースがあるなら、申告してください。 

この授業は、4年次の、「教育実習」につながってゆく授業です。
教育実習では、絶対に遅刻は許されません。なぜですか。生徒の遅刻を指導する立場の教員としての実習だからです。
生徒が登校するより早く登校しなければ、仕事になりません。
だから絶対に遅刻しないように、早め、早めに実習校には行くはずです。
もし「教育実習」には絶対に遅刻しないように行くならば、「教科教育法」にも絶対に遅刻しないように来るべきではないですか。
場合によっては遅刻してもいい、という程度に思っているから、結果的に遅刻するのです。
その程度の意識で、これからまだまだ続く、3年の教科教育法応用、4年の教育実習、4年後期の教職実践演習、の、2年半以上の長い道のりを最後まで歩けるとは、私には思えません。

甘くないですよ。

6/23/2017

教育実習における指導教員の当たりハズレに関する考察 --ゴキブリは死なず。ただ逃げ隠れするのみ--

本年度の教育実習訪問指導キャラバンが終了した。ふたりでそれぞれ8校、一緒に行った学校もあるので、あわせて十数校は訪問した。

振り返って感じるのが表題の「当たりハズレ」である。教育実習のパフォーマンスの質は(1)我々送り出す大学側の指導と(2)当該学生の力量そして(3)実習校の指導教員の方針と力量、の3つの要素が複雑に絡み合って決まる。

実習生に、とにかく頑張ってすべて英語で説明させるべくスクリプトを書かせ、前日に泣きながらでもそれを暗記させて授業に臨ませる指導教員もいれば、生徒の発話ゼロ、先生の英語による解説はおろか音読さえもゼロ、授業はひたすら教員の言うことや板書することをノートに書き写させる自らの授業を模倣することを求める指導教員もいる。

後者のような授業を目の当たりにすると、一概にいいとはまったく思わない文科省の「英語の授業は英語で」という押し付けも、必要な押し付けなのかもしれない、という気がしてくる。

しかし、「ザ・訳毒授業」みたいな授業も、全国の高校現場にはいまだにゴキブリのごとくたぶん大量に生き残っているのだろうな、ということを実感するキャラバンであった。

と同時に、そういう当たりハズレの中で、うちの学生たちはそれぞれ、できる範囲で、許される範囲で目の前の生徒のためにできるベストな授業をすべく、果敢に挑戦していた、ことを嬉しく感じるキャラバンでもあった。

6/22/2017

教員採用試験の英語問題を解いて暗くなること:出題(者)の質

毎週、教育採用試験の対策で、各都道府県の英語の問題を学生と一緒に解いているのだが、学生には言わず、ひそかにひとりで暗い気持ちになっていることがある。それは、ど~も微妙におかしい問題が結構ある、ということだ。

問題としておかしい、つまり妥当性があるとかない、という高級なレベルの話ももちろんだが、それ以前に、おそらくはその県の英語教育関係者である出題者が書いたのであろう、問題の指示文の英語、および多肢選択肢の英文が、英文としてビミョーに、しかし絶対におかしい、というケースが散見されるのだ。

英文としてもちろん非文ではないのだが、問題文のパッセージをきちんとわからずに、表面的な部分にもとづいて選択肢を書いている、というのもある。

多肢選択の誤答が妙におかしいのは100歩譲って許容するとして、正答の選択肢がいまいち、というのはダメでしょ。文章のポイントとしてあっているものをひとつ選べ、という問題で、「正答」が、問題文の要旨としてはポイントをちょっとずらしている、のではねぇ。消去法でしか選べないようでは。。

差しさわりがあるので具体例は出さない・出せないので説得力はないと思うが、ま、確かなことだと思います。

英語テストを作成にも携わることになる英語教員候補を選抜する英語のテストは、英語テストとして内容的にも形式手にも模範的、理想的でなければダメなはずだが、現実はとてもとてもそうはなっていない。

みやぞんの聞いた「バーム」さん

イッテQで、芸人のみやぞんさんがアメリカに行って、昔マンモスを倒したいわれる槍状の武器アトラトルを、100m先の的に当てるのを挑戦する、という企画があった。企画自体は結構見ごたえがあり、みやぞん氏の運動神経に感嘆したのだが、きょうの話はその中でのひとこま。

現地についてみやぞんさんが、アトラトルの技術指導をしてくれるBobという男性と対面する。男性が、

My name is Bob.

というと、みやぞんさんは通訳(もしくはコーティネータか)氏に、「え?バームさん?」「バーブさん?」と問う。

通訳氏から「いや、ボブさんです」と言われると、みやぞんさんは「え、ボブ?あのボブなの?」と意外そうに言う、

というシーンが印象に残った。

なお、「あのボブ」というのは、「私たちが名前としてよく知っているあのボブという名前」という意味である。

ここから得るべき教訓はなにか。
(1)Bobの、oの部分の母音は、日本人が思っているよりもかなり長い、ということ。

(2)つぎに、音価がかなり「ア」に近いということ。

(3)そして、最初みやぞんさんに、語尾が「ム」だと感じられたのは、Bobの語末を開放しなかったからなので、開放されない閉鎖音を聞き取らせる練習が不可欠だ、ということである。

つまり、生徒にBobを発音させるときも、「バーb」と言わせることが必要なのである。

往々にして生徒の耳は合っているのだ。心にある単語の音声イメージのほうが間違っていることのほうが多い。だから、聞こえた音声イメージに合わせて、心的辞書のなかの音声イメージを修正してゆく必要があるのである。

ということを感じさせる番組であった。

6/18/2017

ライティングの指導はどうしたらいいですか?

Q:

中2を教えています。研究授業をすることになり、ライティングをやってみてはどうかと言われました。他の3技能はある程度できていると思いますが、ライティングはあまりやっていません。書くことの指導をどうしたらいいでしょうか?(2年目教員)

A:
まず基本的に中二なので、書くことを特別な活動とみなすのが間違い。話す練習を十分したことを文字に書き付けるのがライティングだ。

だからその授業で十分インタビュー活動などをやった結果を3~5文程度でまとめればそれが立派なライティングだと思う。

その際、正しいスペリングにこだわりすぎないことが大切。たとえばfriend をfrend と書いても発音が正しいのだからそこはスルーし、とりあえず、必要な単語がただしい順番で書けていることに意識を集中するといい。もちろん本当に正しいスペリングは後で確認させるにしても。

そういう意識を持っていれば、よく聞く「うちの生徒は話せるけど、書けない」ということはありえないことがわかる。話したことをそのまま書くのがライティングなのだから、スペリングを度外視すれば、話せることはすなわち書けることだ。それができないというなら、話すときにも出来ていない(単語が足らない・おかしい、語順がおかしい)はず。

その書いた3~5文はまた発表させよう。話したことは書く。書いたことは話す。友だちが話していることを、聞き取って書く。そういうスキルの立体的な組み合わせが大切。

6/17/2017

3人目、出て来~い!

ことしの教育実習訪問指導キャラバンも終わりが見えてきたが、埼玉大時代から数えて8年間の私にとっての実習生授業ベストツーは、いまだに




である。

虎の目、のほうのブログポストには、じつは当初、「この実習生の授業をずっと受けたほうが、指導教員の授業を受けるより生徒は幸せだ」的なことを匂わす1文を正直に書いて物議を醸し、後から削除した、という経緯もあったほどだ。(当時私は埼玉大学に在籍していて、埼玉大学附属中学に実習生を送り込んでおり、かつ埼玉大学附属中学の授業プロトコルに不満があった、という構図の中での発言でした。)

改めて考えてみると.... やっぱりどちらもグルグルをやっている。虎の目のヒョーちゃんはコワモテの長身美女(本人談)だったのに対し、サッカー少年は満面の笑みを絶やさない人なつっこい好青年、と外見上にはかなり違うだが、生徒の口に注ぐ鋭~い視線は共通だ。そしてあの時、どちらの授業も生徒たちは教師のオーラに引き込まれ、おそらく、全員が彼女と彼のことが大好きだった。

はやくこの二人に並ぶ授業をする学生に出てきて欲しい。「ベストツー」が「ベストスリー」になる日を... ♪わたし待~つ~わ、いつまでも待~つ~わ、8年後に定年になる日ま~で~♫


教えられること、教えられないこと

教えて教えられることと、教えたくても教えられないことがある。

訓練によって向上できる部分と、ほとんど向上できない部分がある。

体格や容姿はもちろん、もって生まれた声の質、などは後者に入るだろう。話し方は変えられても、根本的な声質は変えられまい。

そういう複数の資質が合わさり、生徒を前にした時の「華」、教室の雰囲気を一瞬で自分色に染め変えてしまう、教師としてのオーラ(のもと)となる。

これらを実習生のうちから身につけている学生は幸運である。そういう学生はhead startしているのだ。

あとは改善できる部分を改善してゆくのみ。

6/16/2017

音声を一言も発しない、むむむ。。。な中1授業 (原題:史上最大のガッカリ授業)

今回の実習生の訪問指導は、タイトルのような結果となった。100点満点で、甘くつけて30点、というところである。

そしてその30点は、我々指導教員二人の2年半にわたる指導効果に対してつけられた点数でもあるのだ。

「俺たちは英語教育概論で、教科教育法で、何を教えてきたのだ。あれだけ濃密に教えてきてこの結果ということであれば、これから何をどう教えてゆけばよいのだ。」

そのような重い問いを突き付けられる結果となった。

<生徒:中1、19名>

(1) 冒頭のあいさつ

How's the weather? と言っているつもりが、theを気にするあまり直前の歯擦音zが言えず、How the weather?になる、というよくある発音ミスでスタート。

(2)スペリング想起ゲーム
※ちなみに、綴りのことを「スペル」と書く人が多いが、spell は動詞、spelling が名詞である。「綴り」か「スペリング」のどちらかにせよ。

生徒を3つの班に分ける。生徒は手元の教科書を見て、既習の単語の意味と綴りを一生懸命確認している。各藩からひとりずつ教卓に行くと、3つのカードに3つの和訳が書いてある。たとえばA班用は「私は」B班用は「友だち」C班用は「みんな」。その和訳に対応する英単語を黒板に書く、というゲーム。つまり、既習の単語に関して、和訳から綴りを思い出して正しく書ける数を、班で競う、というものだ。

生徒は結構苦戦し、frend とか、goob(あとでgoodに訂正)、「私は」に対してMiとかがでる。注目すべき誤答は、

ともだち frend
私は Mi
彼女は she's
みんな evriyone

である。

5分経過して、教師が答えをひとつひとつ、確認していく。「これ合ってる?教科書で確認してごらん」生徒:「合ってる/合ってない 。。が足りない」 教師が赤で訂正し、班ごとの得点を集計し、「きょうはA班が優勝!イェ~い!」

■問題点:
教師の姿勢も、生徒の姿勢も、「つづりを目でよく見て覚える」というもので、〇〇という音の単語だからこういう綴りになっている、という「音を覚えて、それを表している綴りがかけるようになる」という姿勢がない。

いちがいに「綴り間違い」として切り捨てられがちな、生徒のスペリングをどう処理するか、でその教員の力量はおおむねわかってしまう。

frend という綴りは、friendの音を的確にあらわしているという点で、ある意味正しいのである。この生徒はフレンドという音は覚えているのかもしれない。そのことを認めて、褒めてやらねばならなかった。

Miも単に切り捨てるのではなく、「これ何ていう発音だと思って書いたの?」と聞き、もし「マイ」だと思っていたら、褒めなければならなかった。ただし、「マイ」は「私の」で、「アイ」が「私は」だよ、惜しかったね、と言う必要があった。

evriyone も切り捨ててはいけなかった。evriの部分は、あるいみ、everiよりも、本当の発音に近い。eを入れなかったのは、発音に対する鋭敏さの証かもしれなかった。

そして、最終的に答え合わせがおわったあと、せめて教師が、綴りの該当箇所を指し示しながら、ゆっくりはっきり発音し、生徒にも、綴りと音の対応を意識しながらリピートさせる、という仕上げを絶対にやるべきだった。

そういう音声はいっさいなく、空虚な「だからA班が〇点で優勝!」という仕上げ。

「スペリングは目でよく見てそのまま覚える」という最悪の学習ストラテジーを中1に刷り込んでしまっている。オーマイガー(涙)!!

なおここまでで25分経過。

(3)一般動詞の導入としての自己紹介

パワポをつかって教師が Hi! My name is XXXX XXXX.  I like English. I study it every day. I like music, too. I play the piano every morning. という自己紹介をする。視線はほとんど手元に落ちている。パワポのスクリーンもみず、生徒の顔もほとんど見ていない。それを2回だけ、繰り返した(だけ)。文ストレスもマズイ点があり、I study IT every day. と it を強めるというあり得ないモデルの提示。

2回聞かせただけで、「何を言ってた?グループで話し合ってみて」と生徒に投げる。

「英語が好き」「音楽がどうの」「ピアノをやる」などの断片的な答えを引き出したところで、スクリーンでスクリプトを出す。そのスクリプトは何を思ったか、

Hi! My name is XXXX XXXX.  
I like English. 
I study it every day. 
I like music, too. 
I play the piano every morning.


と、センターぞろえになっている。馬鹿者。英語はセンター揃えで書く、と教えたいのか?左端から書くのではないのか?

これを提示したらあとは日本語による説明をえんえんと始めた。every は「毎」です。dayは「日」です。だから、every day は、「毎日」です。的なもの。

■問題点
説明しすぎ。訳しすぎ。英語を言わなすぎ。
「意味がわかった?」じゃなく、意味がいやでもわかるように、わかるまで英語で演じろ。表情を使え。ジェスチャー使え。パワポの絵だってあんだろ。気合で意味を、全身をつかって伝えろ。

 あのせっかくの自己紹介をなぜたった2回、しかも通しで聞かせただけで終えるのか、意味が分からない。生徒に音声を聞かせるというつもりがないのか。私の英語を聞きなさい、私の音を聞きなさい、私の口を見なさい、意味がわかるでしょ、ほら私の表情を見てごらん、とばかりに、なぜ生徒に迫らない?なぜ生徒にアピールしない?

また、スクリプトを見せたあとで、スクリプトをなぞりながらもういちど音声を聞かせることもやらなかった。スクリプトなしでなんとなく聞いていた英語を、もういちど文字と音を対応させながら聞く、という貴重な機会をなぜ作らなかった?

生徒になかに音と意味とスペリングを一致させてやろう、という気持ちが根本的にないのではないか?

パワポの提示も工夫せよ。たとえば、

第1段階では、

Hi! My name is XXXX XXXX.  
I like English. 
I like music, too. 

という提示をして、名前、好きなもの1、好きなもの2、という最低限の骨組みを見せ、第2段階で、

Hi! My name is XXXX XXXX.
I like English.  I study it every day.
I like music, too.  I play the piano every morning.

という、好きなもの1+補足説明  好きなもの2+補足説明

とすれば、談話の構造が明確に意識させられたし、その後あるいはその前に、



といったような、非言語的要素を使った視覚補助を見せながら、英語を提示することもできた。

(4)プリントを使った説明と穴埋め

動詞がbe動詞と一般動詞に分かれ、それには何があるか、などのの説明のプリントを実物投影し、教師が日本語でえんえんと解説しながら赤で空欄を埋めてゆき、それをひたすら生徒が書く写す。例文が書いてあって、日本語訳もあるのだが、その音読はゼロ。教師も音読しない。生徒も音読しない。

■問題点
まるで塾の授業だ。文法用語を覚えるのが文法であるような雰囲気と、適切な日本語訳をあてることが英語学習も目的である、ような雰囲気がぷんぷんする。

「be動詞」とか「一般動詞」とかの用語、ラベルはどっちかっていえばどうでもいいことのなのである。知っておいたほうがゆくゆく便利だが、いま大切なのは基本的な I like ... とか I play ... の文を何度も聞かせ、何度も言わせ、意味の理解をともなって耳にしみこませることなのだ。

(5)自分のことを書く

最後に、「では自分のことを書いてみましょう」といって、各自、プリントに My name is ...    I like ... などと書かせる。

■問題点
ここまでくると言語道断である。生徒はただの一度も自分の口から音声を発したことのない、文字の羅列を、書き写すという作業をさせられている。案の定

I ilke .... などと書いている子もいた(という淡路先生の観察あり)

まずは聞かせる。つぎに言わせる。何度も言わせる。言えるようになったら、その音を文字に書きつけてみよう。という手順を踏まない限り、もはや言語としての英語ではなく、音のない記号の暗記大会だ。

******

もちろん上で書いたようなことは私も淡路先生もこの2年半、手を変え品を変え、教えてきた(つもりである)。それが。。。

英語での説明に果敢にチャレンジしてうまくいかなかった学生は過去にもいた。リズム音読にチャレンジして自滅する学生は過去にもいた。それらは心意気やよし、としたい。しかし今回の授業は、音声言語として英語を口にさせるという試みさえしようとせず終わった、という、逆に、超レアな授業である。しかも中1!

往復500キロ超の長旅は、東京駅で別れる際の、

「まあ、あまり気を落とさずに(また頑張っていきましょう。。。)」

というおじさん同士の、ほろ苦い慰めあいで終わったのだった。

*****

くぉら~!お前は反省文出せ、反省文!(怒) 改善した授業をビデオに撮って帰ってこい!




6/15/2017

小学校の先生に研修をさせていただきました:「コミュニケーション」とは「つながる」こと?

大学近くの小学校で約10名の先生方に、「英語の発音に親しむ」と銘打った校内研修をさせていただきました。先方が「英語の授業をどうするか」の研究を進めるにあたってアドバイザーを求めているという話が、本学の教職課程センターの関係者を通じて私のところに廻ってきた、というご縁によるものです。

7月に小学校として研究授業をするに先立って、研究授業担当者を含む校内の全体の教員の英語力の底上げをするための研修という位置づけです。

教材はフリーハンドで決めてよかったので、考えた末、色をテーマにタスクを組み立ててみました。

What color do you like to wear?
 -- I like to wear red.
Ah! Red looks good on you.
-- That's nice to hear.

というフレームに、green, brown などのR系の語と、yellow, black などのL系の語を入れてやるパタンプラクティスですが、強音節に合わせて腕を振ったり、ステップを踏んだり、花いちもんめをやったり、という動きを組み合わせました。

後半は、Brown Bear, Brown Bear, What Do You See? を使って、色と動物の名前が言えるように持っていきました。最後はひとりずつ、bearとかbirdとか役割を決めて群読風にやってみましたが、

Red bird, Red bird, what do you see?   -- I see a yellow duck looking at me.

での、see と look の関係が、実際に act out させようとするとかなり難しいということが判明しました。

先生方にたいする音声トレーニングであるとともに、児童にたいしてこんなふうに授業ができるのではないでしょうか、というデモも兼ねていたので、オールイングリッシュでやってみましたが、無理はなかったように思われます。

ワークショプ終了後は、来月の研究授業の構想について何人かの先生と話す機会があったのですが、「発音」と「コミュニケーション」は、2本柱ではなくて、ひとつですよ、つまり、発音をきちんとすることがそのままコミュニケーションにつながるのですよ、という私の考え方を、まだ本当には理解・納得してもらえていないような感触がありました。

「コミュニケーション」というのは、児童と児童の「つながり」であり、児童と教師の「つながり」だ、という理解をされているようでしたので、もしそうであれば、きちんとした英語でつながる、というのを目標にしませんか、という方向に提案してみたいと考えています。

6/10/2017

靜病 Part 2: 電車でカップルに発音指導してしまった!!

同じ学生からのメールですが...(本人の了解を得て掲載)
今、東上線に乗っていて、池袋からずっと隣に日本人女性とおそらくアメリカ人男性が『電車に人がいっぱいだとか、なぜ休日なのに人がいっぱいなのか理解できない』などの話をしていて、終始耳に入ってきます。 
女性のthの発音が完璧にサシスセソ発音で不快だったので、つい、見知らぬ人ながらも『Excuse me, ナッシングis wrong. NOTHING is good pronunciation ... 』と本能的に口が出てしまいました。 
男性側が優しく笑って "Yes, that's right. She's making a mistake." と言ってくれたのでその場はしのぐことができましたが、謎の発音指導をしてしまったというやり場のない感情に突然先生にメールしてしまいました。


靜病 Part 1: 研究授業を見ながら内緒で発音指導してしまった!!

学生に伝染してしまった靜病のレポート(その1)

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幸運なことに、介護等体験で○○特別支援学校(肢体不自由)に行き、そこで高等部のコミュニケーション英語の授業を参観する機会がありました。 
自分の立場から言えるわけではないのですが、英語の先生の発音が聴くに耐えなくて(第一アクセントを無視したり、thの発音がサ行に近かったり) 本当はダメなのですが、隣にいた英語に熱心な生徒につい少しばかり発音指導をしてしまいました。(先生に内緒で) 
裏を返せば、聴くに耐えなかったということは、私自身の英語のリスニングでの識別力が少し向上したということになるかと思います。 
やはり、3年目になる発音矯正生活が大いに功を奏しました。

6/08/2017

「教員は、一番大切なのはやっぱり授業なんですよ」

「部活とか行事とかもあるけど、やっぱり教員の勝負は授業なのよ。授業がうまくいってると、生徒指導もうまくいくしね。授業もまともにできない先生の話なんか生徒は聞かないから。私、以前の学校では、職員室に『授業で勝負』って大きく書いて貼っていたこともあったわよ。」

「教員になるまでに力を注ぐこととしては、英語力を伸ばすっていうより、中学の先生に一番大切なのは発音かもね。最初に『この先生発音いい!』って思うと、生徒の目の色が変わるからね。『この先生はホンモノだ!』って。だから発音いいと得なのよね。」

「授業のアイディアっていうのはね、自分で考えるものなのよね。人に教わるというよりも、自分で頭を使えばたどり着くでしょ。」

たいへんにありがたい。ありがとうございます。こういう指導教員に恵まれた教育実習生は大変に幸運である。

しかしこういう素晴らしい指導教員にあたるのが「幸運だ」「アリ難い」つまり、「多くの場合は当たらない」というのは不幸なことである。

6/07/2017

「発音よく音読できるようになると、何がいいの?」

一所懸命発音やリズムを意識させて音読させようといろいろ努力していた実習生に、現職の中学教員から投げられた質問です。

高校ならまだしも(というのも良くない言い方ですが)、言語としての英語の基礎を作るべき中学の教員からこういうことを言われると、本当に暗澹たる気持ちになります。

6/03/2017

教育実習訪問指導キャラバン群馬編

日本広しと言えど、一人の教育実習生のもとを二人の教職指導教員が訪れて授業観察+事後指導を行う、という手厚いケアをしている大学はわが大東文化大をおいて他にはあるまい。

同僚の淡路先生と私の授業を見る視点は7割は共通であるが、残りの3割は重ならない独自の部分もあり、実習生にとっては一人の教員が見るのに比べて3割増しの質の濃いコメントとなる。そして我々二人もお互いのコメントから改めて気づく部分もあるように思う(少なくとも私にとっては大変勉強になる)。

今日の実習生の授業は、70点、良、であった。まだまだ、であるが、まずまず、とも言える。

生徒の発する英語の質を向上させようというフィードバックの試みはなされていたのは良い点であったが、当該の発話がなされたその場ではなく、ひとしきりのコーラスが終わったあとでなされていた、という点で、効果は半減していた。

シンプルな対話教材に関して、最終的には生徒がスクリプトを見ず英語らしい音声でロールプレイを行う、という目標にむけての段取りは、まだまだであった。ステップが飛んでしまったため、最後のゲーム的コミュニケーション活動でも、お互いに紙を見ながら、あるいは紙を見せながら、というありがちな状態で終わっていた。

また、初学者に対しては最大限に丁寧な指導が求められる、文字と音の結びつきに対する指導は、まったく不十分というか、皆無であったかもしれない。one, two, three という数のつづりを、問答無用で単に書写させるという活動があり、あのまま延長していけば、自力で単語が読めない生徒の量産につながるだろう、と思われた。

なぜ zero が、ズィロウなのか、three が  スリーなのか、fiveが、ファイヴなのか、six が  スィクスなのか、というあたりを丁寧に納得をさせることが、中1のこの時期には何をおいても重要なことなのである。表面的に「終わった」ページ数をかせぐことではなく、本質的に「学習した、納得してみにつけた」事項を丁寧に、こつこつと稼いでいくことが、大切である。

今後に大いに期待したい。とりあえずこの夏の教員採用試験の突破をね! UpDATES (Upgraded/Upbeat Daito Alumni Teachers of English Society) 群馬支部のメンバーもますます充実しそうな予感。。。

UpDATES 現メンバー&メンバー候補

5/27/2017

嘆かわSee!


これポスターが、スガスガスィー という発音を引きだして、音声遊びをしようとしているならいいのだが、おそらく、たんに スガスガシー という発音に、See を当てただけなのだろう。これでまた、see は (Cと同様に)シーと発音するのだ、と本気で思いこんでいる日本人が増えるのだろう。いや、もしかするとこのキャッチコピーを考えてひとも、本気でそう思っているのかも。。。 おそろSEE!

5/24/2017

楽しさは求めるべきか、求めざるべきか

先日見に行ったふたつの実習生の授業は見た目は対照的であった。

ひとつは(私からすると外面的な)楽しさを求めて次から次にゲーム仕立ての活動をおこなう授業、もうひとつはほぼまったく活動は行わず、写経のように板書を写させ、説明を聞かせるという授業。

アクティブ・ラーニング教の素人なら最初の授業に軍配を上げるのだろうが、結果的にその日の目標である言語形式がどの程度 learn されたか、という観点で採点してみると、どちらも100点満点で50点くらい。対照的な見た目とは裏腹に、同じような点数がつく。

指導案上のprocedureとして何をやった、やらなかった、ということでなく、今の活動でなにができるようになったか、ならなかったか、という視点が求められる。

50分終わったあとに、ひとりひとりの生徒が技能として何ができるようになっているのが目標なのか、その目標は達成されたのか、というスキル的なoutcomeを意識して欲しい。

というフィードバックはしたつもりなので、実習期間が終わるまでの軌道修正に期待したい。

体罰してますか?

む~

還暦がちかづいてきた今でも、寝ている学生の頭をスパン! 

くらいはやるかなぁ

手は使わないかもしれないが、適当な軽い物体で。

といっても、寝ている学生は200%いないので、仮の話になってしまうが。

いやいや、思い出すと、前の前の大学で、ペアワークを指示したのに、目の前でケータイをいじっていた男子学生の頭をベチ~ン!とたたいて、数秒間、ガチの睨み合いになったことが確かに一回あったな。

その前の勤務校の高専では、怒りの演技で学生の机を蹴り飛ばしたことがあった。(学生の身体には何も当たっていません。)

いやいや、そういえばピコピコハンマーも体罰じゃん!!

両唇音の指導のために、ぎゅっと唇をつまんで閉じさせるのも体罰だ!!

そして考えてみれば、座禅の警策も完全に「体罰」でしょ。「警策で打つという行為は、坐禅修行が円滑に進むようにという「文殊菩薩による励まし」という意味を持つ」(Wikipedia)だそうなので、学業、成長という修業が円滑に進むようにと行われる学校現場での「体罰」と基本的なベクトルは同じに思える。

生徒ときれいごとでなく取っ組み合った経験のない者による、「体罰は禁じられている、ゆえにやってはいけない」という思考放棄的な言説には説得力がない。

いま「禁止」されている「体罰」にも、いろいろある、絶対。根絶すべき忌むべき暴力も確かににあると同時に、魔女狩りの対象にすべきでない大切にすべきものも確かにある。

教員養成する教員がこういうことを言うこと自体が問題発言になるのであれば、それは時代がおかしいのでは?というのが私の正~直な感覚。

5/18/2017

「くぉらぁ、頭かち割ったろか!?」と学生に暴言を吐く大学教師

そんなこと言うのは、もちろん私。

そういうことが言える人間関係というのがとても楽しいし、大切にしたい。

だが、そんなこと言わなくてもいいように、しっかりやってくれよ、おい。。。


5/17/2017

LとRのミニマルペア、こんなにあるよ

きょうは、クライムが、climb(登る)と、crime(犯罪)では大違いだ、という話になりましたが、この他にも英語には、LとRだけの違いで別の語になるペアがたくさんあります。

クラウド cloud(雲) crowd(群衆)
ブランド bland (つまらない) brand(商標、ブランド)
ブルー  blue(青)  brew(酒を醸造する)
クラップ clap (手拍子)  crap(ガラクタ、クソ)
レイト  late (遅い)  rate(率、為替レートのレート)
レース  lace (レースのカーテンのレース)   race(競走)
フライト flight(飛ぶこと)   fright(恐怖)
フライ  fly (飛ぶ)  fry (フライを揚げる)
フリー flee (逃げる)  free (自由な)
ブルーム bloom(花が咲く) broom (ほうき)
ブライト blight (虫の害) bright (明るい)
リップ  lip (唇) rip (引き裂く)
ロイヤル loyal(忠誠心のある)  royal(王室の)
ロウ  low (低い) row (列)
ロー  law (法律) raw (生の)
ライト light (光) right (右)
グロウ glow(光る) grow (成長する)
コレクト collect(集める) correct (直す)
レイン lane (小道、ボーリングのレーン) rain(雨) 
リーダー leader(指導者) reader(読み手) 
レイザー laser(レーザー光線)razor (カミソリ) 
ルート  loot (略奪する) root (根) 
イレクション election (選挙) erection (性的な意味があるので、自分で調べてみてください)
ブリーチ bleach (漂白する) breach (違反)
ラン  ran (走った) LAN (ネットワークのLAN)
レッド   led (導いた) red (赤)
ラスト lust (欲望)  rust (さび)
レスト lest (~でなければ) rest (休憩)
リスト  list (リスト) wrist (手首)
ロック lock (カギ)  rock (岩)
ロット  lot (たくさん)  rot (腐る)
プレイ play (遊ぶ) pray (祈る) prey (獲物)
クルー clue (手がかり) crew (乗組員)
グルー glue (のり)  grew (成長した)
グランド gland (甲状腺などの腺)  grand (壮大な)
グラス glass (ガラス) grass (芝生)
フルート flute (楽器のフルート) fruit  (果物)

などなど。。。

慣れれば、違いが分かってきます。

Lはしっかりと舌先を歯ぐきに長めにあてる。
Rは舌先をどこにもつけない。

君たちは、全員、マスターしてください。

靜 哲人

5/16/2017

授業という私腹、じゃなく、至福

きょうの3コマも、楽しかった。どれもこれも、こんなに楽しくていいのだろうか、と思うくらい楽しい90分であった。生業がこんなに楽しいというのは幸せ者である。



5/15/2017

「have to の to は トゥーじゃないぞ、タ だ!」に見るアホらしさ

もうちょっとしばらく前の話ではあるが、書いておく価値はあると思うので書く。

○○サプリとかいうスマホで英語授業(いわく「神授業」(!))のテレビCMで、講師が、

have to の発音は、ハフトゥーじゃなくて、ハフタ だ。これで英語は聞き取れるように成る! I have to go!  アイ ハフ タ ゴー!だ。

的なことをドヤ顔で力説している、という場面があり、おもわず吹き出した。ナゼ吹き出したかというと、このカタカナ表記をそのままカタカナ読みして、

アイハフタゴー

とすべての音節・モーラをを力強く、同じ長さで発音しながらそういうことを言っていたからである。

言うまでもなく、have to の toは機能語だし、この文脈では弱形で発音されるので、カタカナ表記するなら、トゥー は多少ミスリーディングである。短く軽く、曖昧母音で、というのを教えるのは大切である。それを伝えるためにカタカナ表記で、「タ」とやるのもアリではあろう。「トゥ」でもよいと思う。

しかし表記はあくまで表記。本質は、この単語の音声が、(1)短くなり、(2)低いピッチになり、(3)母音の音価があいまいになる、ということである。よって、力強く、もろ明確な日本語の母音の音価を保ったママまで

タ!

と言っていたのでは意味がないのである。逆に

              
     ヘァ      
ア      f
       トゥ
                

的な発音をしながら、ならば、カタカナ表記はタでもトゥでもいいのだ。

こういう英語音声の伸び縮み(音節による長短・高低・音価の明確化あるいは曖昧化)についての一般的英語教師の基礎知識が本当に低いのだ、ということをこの○○サプリの神授業から読み取ることができた。

ついでに書くと、この講師は、あの前の授業CMでは、

on は上じゃない。接触だ。だから、on the wall も on the ceiling も onだ!

と力説するとき、バリバリカタカナで、  on za wall も  on za ceiling も ...! と言っていたのと同じ輩である。

その程度の音声軽視はその辺の授業の縮図なんだろうが、しかしあれを全国放送されるとねぇ。。

嘆かわしい。

発音の本、英語を英語でのDVD、ベルクの教科書、やってます

少しポストできませんでしたが、下記のプロジェクトを進行させております。

(1)『絶対発音力』の後継本として、テイエス企画さんから出す一般向け書籍、

大人のための英語発音やりなおしレシピ
あなたの発音を変革する50レッスン
--発音できれば聞き取りもできる!--
(仮)

を発売すべく、鋭意執筆中。完成度20%

(2)ジャパンライムさんから出す教員むけDVD、

英語は英語で、そしてリズミックに、教えよう!(仮)

の編集が最終段階に。完成度 80%。

(3)金星堂さんから出す、

ベルクテストに基づく大学生用教科書3レベル (タイトル未定)

の原稿がほぼ完成。完成度 90%。

乞うご期待!


第3次 大東 靜ゼミ kick off 飲み会決行しました!

大東に来て3回目となる靜ゼミが始まって約一ヶ月。親睦を深めるためのキックオフ飲み会を開催しました。


出身地は鹿児島から青森まで多岐にわたり、第1次、第2次にもまして「キャラが立った」メンツが集まったようで、またまた楽しくなりそうです。


次は合宿か?! 淡路ゼミに負けんぞ!



5/04/2017

教員にも時間外上限を →署名しましょう!

教員は授業に直接・間接に関わる業務のみを担当するようになるのが本当の姿である。そのためのステップとして、この運動に賛同します。

https://www.change.org/u/715442171


http://www.tokyo-np.co.jp/article/national/list/201705/CK2017050202000253.html


4/16/2017

初めてのグルグル:真顔と笑顔のどちらがいいの?

<中学初任者から>

Q:初めてグルグルをやりました。教科書のダイアログの文をいくつか使いました。が、合格を厳しくしたため、男子がひとり「わかんねーよ!」と言って、その後の雰囲気まで悪くなりました。私はキャラとしてニコニコなんでも許すようなイメージの教員だと思うのですが、そういう私がグルグルをやるなら、靜先生のように、真顔でバツ、というのではなく、笑顔で「もう少し」などというアプローチがいいのでしょうか。

A:

(1)グルグルに入る前に、十分、一斉かつ個別に指導して、どういう音が〇で、どういう音が×なのか、理解させましょう。

(2)グルグルのターゲット題材を絞りましょう。単語ひとつ、とか、ra ri ru re ro とか、fa fi fu fe fo などの、音だけから始めたこともあります(中学生)

(3)教科書の単語(たとえば10個)を指定して、それがきちんと言えれば、ひとつずつ〇を上げる、などはどうでしょうか。

(4)笑顔なのか、真顔なのかは、本質ではありません。また、「バツ」というか「もう少し」というかも本質ではありません。本質は、「そのパフォーマンスが、合格なのか、そこに至っていないのか」をきちんと知らせてやることです。○○スマイルで、にっこり笑って「ダメ」というのも、いいんじゃない?

(5)わかんねーよ、という反応は、自分の能力不足、自分ができないという状況に対してきれているのですから、すこし機嫌をとりながら、徐々に、できる、ように導いて、できるようになったら大げさにほめてやるといいのでは?

頑張ってみて。

--

補足

全ての音が同じ程度に重要なわけではない。あまりたくさんのことをいっぺんに注意するのは無理。

まずは主要な子音から。

語末のnは次の次くらいだよ。

要求水準は徐々に上げよう。

最初はLは日本語のラ行でokにしておき、Rが安定してできるようになったらはじめて本当のLをのように、徐々に。

Start small. が大事。

4/10/2017

4/09/2017

大東の大学院で英語教育を学びませんか?

直近の修了生の声:


教育実習に行く時に留意して欲しいこと4つ

教育実習生各位

先日の実習前トレーニング、お疲れ様でした。

補足しておきます。

(1)冒頭で言った、「聞かせるための」「見せるための」音読、という意味をもう一度考えておいてください。 ひとつひとつの音が「生徒に意識されるように届いているか」という意味です。たとえば、everyone ひとつとっても、vの音、rの音、語末の n の音が「生徒にわかるように届いているか」という視点で考えてください。「自分がちゃんと発音してているか」だけでなく「生徒の耳に残るように届いているか」です。
 当然、ゆっくり目に、強調的に発音することが必要です。教壇では、英語をゆっくり、はっきり。それが、CDにはできない、生身の教員の価値のひとつ。

(2)生徒の音はよく聞いてかならず「フィードバック」しましょう。おおげさに発音の仕方をあらためて説明するということでもなく、生徒の音に対して、「ん?」という一言を発する、あるいは、一瞬間をおいて顔をしかめる、程度でも効果はあります。要は、単にどんどんスルーしない、という態度です。

 英語でやりとりをしながらであっても、ひとこと、人差し指をたてて横にふりながら(これは、ダメダメ、といういみのジェスチャー)「uh-uh (ちがう、ちがう、という意味の英語音、ネットで検索して音を確かめること)」と言うだけでもいいです。そして、すかさず正しい音を、大げさに、口の動きを見せながらやってみせてください。

(3)歌は、ぜひやってみるといいと思います。1回の授業で数分から使えます。初回の授業では、全体を聞かせるだけ(3分以内の部分を選んで)、次からは、1回の授業で2~3行ずつ音読から歌う練習をする、という形式で進んでいき、最後の授業では全体が歌えるようになる、という小刻み法も有効です。
 選曲ですが、長くない歌、教育的に問題ない歌、歌詞の英語が学習するに足る歌です。メロディはすでに知っている、というのも大きな強みになります。すると

ドレミの歌
スキヤキ(sukiyaki )= 上を向いて歩こう、の英語版(ただし失恋の歌です)
stand by me 
Take me out to the ball game (アメリカ大リーグの試合ではかならず合唱する歌)

などが候補になります。あるいは、教科書にはかならず何曲か乗っていますから、その学校で使っている教科書に載っている曲でもいいかもしれません。
 すこしずつ歌をやらせてほしい、とお願いして、絶対だめだ、という指導教員はほとんどいないと思いますので、いまから準備していったらどうでしょうか。

(4)そして、グルグル。こちらのほうは勇気がいるでしょうが、過去の実習生でトライした人はいずれも本人も大満足の結果を残しています。さあ、あなたも是非!自分の発音にある程度自信がある君なら、勇気をもって踏み出せ。十分にできるはず。


5分でグルグルをするには?

質問:グルグルをしたいのですが、40人だと時間がかかります。5分くらいでできる方法はないでしょうか?

回答:

まず、いっせい指導でかなり仕上げておくこと。そうしないとグルグルは効率が悪い。

5分しかつかえないなら、40人で一巡だ。するとグルグルというより「グル」という一回勝負の発音実技テストということになる。

それでもやらないよりは全然ちがうだろう。ポイントは、一回だけなので、40人の最初の方でおわっちゃった生徒を暇にしない工夫ができるか、だろう。

たとえば、けっこう覚えるのがしんどいくらいの1文をグルグルのターゲットにし、グルグルのときはあえて文を見ながらいわせて、全員が終わったと同時に、一斉暗写をするということにしておくと、

グルグルにそなえた音読練習
暗記筆写にそなえた暗記

が同時進行になり、まったく無駄がでない。やってみて。

4/07/2017

「目に映る生徒だけを伸ばす」という誇り

年をおうごとに、靜先生の言葉が身に沁みます。先生がいつかおっしゃっていた  
「一生、英語指導屋でいたい」 
という言葉が今は沁みます。年齢が中堅世代に入り、校務でも責任あるポジションになってきました。雑務に追われ、子どものことが後回しになりそうなことも多々あります。校務は校務で大事ですから、丁寧に迅速にやっていきます。しかしこの経験が私に「英語指導屋」であることや、「目に映る生徒だけを伸ばす狭い範囲の教師」であることの誇らしさを教えてくれることになりました。  
「何もできない。だけど、英語は教えられる」  
そんな教師人生って素敵だなって思っています。


************************************** 

こういう教師をひとりでも育てられたのであれば、私が生きてきた価値もあった。

英語テストづくりの指南書、決定版出ました!

関西大学大学院で教えた高弟、龍虎のひとりの小林翔君の著書を紹介してからそれほど時間が経っていませんが、今度はもうひとりの正頭英和君が新刊を出しました。

6つのアイデア✕8の原則で
英語力がぐーんと伸びる!
生徒をテスト好きにする
英語テストづくり&指導
アイデアBOOK

正頭英和著





うん、これは素晴らしい本ですね。

私が『英語授業の大技・小技』(研究社)でも提唱した

授業は即ちテスト、テストは即ち授業」(『大技・小技』のはしがきより)

というイズムをしっかりと受け継ぎながら、正頭君が現場にでてから編み出した数々の技、こどもたちとの格闘の中から独自に到達した境地をふんだんに加えて、原則1ユニットが見開き2ページの読みやすい本に仕上げたものです。

現場で英語を教える先生にとっては、必要かつ十二分な情報がギュッと詰まった一冊に仕上がっていて、現場の先生であれば英語テストに関しては、これ以外にはいらないのでは?と言いたくなるほどの本です。

英語テストに関しては、と書きましたが、この本は英語テストの本であると同時に、本質的には英語授業に関する本でもあります。p.4 には次のような記述があります。

そもそも生徒がテストばかり気にしているのは、「テストの持つ力」に、私たちの「授業の力」が負けてしまっているからです。生徒が嫌々ながらもテストのために努力するのは、それなりの見返りがあることを知っているからです。一方、私たちの授業はどうでしょうか。「一生懸命に受ければ見返りがある」と思われている授業でしょうか。この考えを常にもって、私たちは自分たちの授業をブラッシュアップしていかなければなりません。テストのもつ力に、私たちの授業の力が勝った時、生徒は「テストのためにがんばる!」と言わなくなるのではないでしょうか。

一生懸命ついてくる生徒には力がつくような授業をする義務を我々は負っています。英語教員志望の学生たち、若い英語教師には必ず読ませたい本です。

やるじゃん、ヒデ。


4/05/2017

Dirty Work を使います

今年度の歌の授業で使う曲目の入れ替えを検討していましたが、↓でやったブルゾンちえみさんの35億のBGMで使われている Dirty Work (Austin Mahone)を聞いているうちに一発ではまってしまったので、今年度の新曲に入れることに決定。多少速いところもありますが、音節で発音するとてもいい練習になるので。ビデオはかなり dirty? ですが、まあ大学生だし、分かって歌うならアリと判定。


4/03/2017

「ブルゾンちえみ」の「35億」やった

毎年恒例の新入生ガイダンスでの、教員自己紹介。一昨年はラッスンゴレライ、昨年はカズーをつかった日英プロソディ比較、ときて、ことしは悩んだ末、2017一押しの声も高い?というブルゾンちえみを採用することに決定。


ラッスンゴレライのようなリズム芸ではないので、英語自体は使えないため、内容自体をアレンジすることに決めた。「35億」をどうしようか試行錯誤しているうちに、4年間✕365日✕24時間 = 35040時間 すなわち約3万5千だというのを発見した。で、以下のような仕上がりに。

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白井君ありがとう。
斎藤君ありがとう。
上田君ありがとう。
みんな本当にありがとう!
あ〜!!大東で教えてて... 良かった!
効率的な仕事ぶり こだわりの発音指導 静哲人です
クミちゃん!勉強、勉強! え? 午前中のtoeic が難しくて、4年間不安だ?
は~!
じゃ、質問です:4年間にはぁ何時間ありますか?
 35億 。。。    ウソ 3万五千
それだけあればなんだって学べるでしょ!

まずやることは、これ!火曜日3時限目の「英語教育学入門」を取ること。英語の歌を使って発音とリズムを鍛えるからリスニング力もばっちり。

え? どんな曲を使ってるかって? ジャスティンとかテーラーとかやってるよ。

今日配られたこの厚い本にもこの授業のことが載ってるから読むこと。

あれ〜 まだ迷ってるの? 時間切れ。

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かなり完成度は低かったが、まあ、くすくす笑い程度は来ていたからよしとするか。。。

4/01/2017

羽生選手の英語

ショートの失敗を跳ね返して、見事! 世界フィギュアで 逆転優勝してくれた羽生結弦選手。演技は素晴らしいです。

インタビューでは二度 Finally という語を使っていましたが二度とも安定してFinarry でした。

あれだけ場数を踏んでいる羽生選手でさえ。

やっぱり L の指導はもっともっと強化しないと、と感じさせられます。

発音のことなど考えていない時でも自動的に finally と言えるようになるまで、頑張れ英語教師!!

3/27/2017

大東文化大で先生になりませんか!

私も兼担教員として加わっている教職課程センターのパンフレットができました。



裏には教職課程センターで学び、教壇に立とうとしている卒業生の声も。



将来の進路として教職、とくに英語教員を考えている方に是非、大東をオススメください!同僚の淡路先生と二人がかりでばっちりシゴキ、また「おもしろい」教員に育てます(たぶんこれは他大学では真似できないでしょう。。)。


出前授業の感想から:我ながらとても良い影響をあたえているではないか。。。

昨年の10月に共愛学園に呼んでいただいて、約90名相手に「歌で上達!英語の発音」というタイトルの模擬授業をさせていただきましたが、今回、そのときの参加生徒さんの感想を送っていただきました。


ご覧の通り、みな細かい字でびっしり書いてくれていて、同校の普段のご指導の徹底ぶりが想像できます。それと同時に、あの日は非常に盛り上がってくれたなぁ、という私の側の印象が決してひとり相撲ではなかったことがよくわかるポジティブなもので、なかには高揚した様子が伝わってくるものさえありました。特に印象に残るものをふたつ、紹介させていただきます。

◆今回、留学の関係上、靜先生の授業は私にとって二回目となりましたが、一回目の時と同様、非常に楽しかったです。発音を意識し始めたのは、初回の靜先生の授業からでした。私自身それまでは、ネイティブの発音を音でただまねて話すことしか考えず、発音記号、音節などはあまり気にもとめませんでした。しかし靜先生の授業を受けて、音節と洋楽の歌詞の関連性に気づけたことで、より音節や発音記号に注意するにようになりました。また積極的にカラオケで洋楽を歌うなどしていました。正直それまでは海外で英語を話すとなかなか伝わらず、そうこうしているうちに英語の自信をなくし、話せなくなっていました。しかし今では以前より自信をもって会話ができるようになりました。それは聞き返されなくなったことにあると思います。留学前に靜先生の授業を受けられたからだと思います。私は靜先生の授業をきっかけに、留学先でもコーラスクラスを取り、音楽を通して英語の発音を学びました。もし私があのとき靜先生の授業を受けていないで留学に行っていたら、私はきっと留学先で英語を話す自信をなくしていたと思います。学校では文法、単語をたくさんやっていますが、正直、海外で一番求められるのは、発している英語が言葉通り伝わっているか、ということです。そのことをすごく海外にいる間感じました。今での前回のとき歌った You belong with me は覚えています。今回の What makes you beautiful も私の好きな One Direction の曲で、とても楽しく学ぶことができました。靜先生の授業の2回めも受けることができ、ほんとうによかったです。靜先生、ありがとうございました。

◆私は英語が大好きです。自分が学んだことが実際に使えるのが本当に楽しいからです。使うと言う事は書くだけでなく話すことも必要なので、発音はすごく練習しました。でも思うように上達しなくて辛い時期がありました。そんな時にアナと雪の女王のFrozenにはまりまくりましたエルサの歌うLet it go がかっこよくて初めて英語の歌を歌いました。本当に難しくて歌えるようになるのに1ヵ月以上かかりました。でもそれから発音が上達し始めて実際に英語のスピーチコンテストで1位をとることができました。だから今日の靜先生の講演は本当に楽しかったです。私の1番大好きなことがさらに大好きになりました。今回の講演で学んで驚いた事は、歌で一つの音には1音節と言うことです。私はLet it goを歌い始めてから毎日のように洋楽を歌っています。その中で日本語は1つの音に1つの文字しか入らないのに英語は1単語入る時もあって、どうしてかとずっと疑問に思っていました。でもそれが音節の数によって決まっていると知ってとても驚きました。音節の事は1度も考えたことがありませんでした。でもその音節が重要だと知ってこれからは意識したいと思います。また英語を使う人は英語を理解するのに本節で判断しているとは知りませんでした。私が発音が上達する前、英語があまり通じなかったのは、音節を意識しないでいたのと、すべての子音に母音を入れていたためかもしれません。今回静先生の講演を聞く機会があってよかったです。One Directionの What makes you beautifulは歌える曲だったけれど今回改めて静先生と練習してさらに自信を持って歌える曲になりました。またみんなと歌って大好きになりました。普段は私は友達とカラオケに行って洋楽を歌っても、みんな聞いたことがあると言う反応するだけで一緒には歌えないけど、これからはみんなで歌いたいと思います。靜先生との楽しい時間をありがとうございました。皆の前で歌うのに指名してくれてうれしかったです。これからはより自信を持って英語を使っていきたいです。

どちらも一期一会ならぬ、二回出会う機会があった生徒さんということですが、ここまで吸収してくれて良い影響を受けてくれるのなら、出かけていく甲斐があるというものです。彼女らの今後の英語学習人生のさらなる充実を期待したいと思います。

3/26/2017

毎朝パンを食べる私は愛国心がない

ことになりますかね。おまけに日本酒よりワインが好きだからますますまずいか。和菓子というかアンコの味はどちらかというと苦手なんだよね。選択肢があるならば、酸味の強いコーヒーに洋菓子。郷土を愛する心が欠けているのでしょう。

3/23/2017

学生が好んだ曲はこれだった

今年度の曲でどれが良かったか、複数回答可で調査した結果がこれ。学生には、スローでよい曲は受けないようである。それも困ったもんだが。


君たちに幸あれ!

祝!2015年度 靜ゼミ生卒業

それぞれの道にしっかりと一歩を踏み出す君たちに幸あれ!




3/19/2017

教員免許の種類なんて意味あるのか?

英語の免許とか、数学の免許とか、国語の免許とか、なんの免許かなんて、どれだけ意味があるのか?なんの免許だろうが、どの教科を教えても関係ないだろう。どうせ大した専門性なんかないんだし。

と言われたらどうだろうか。何を馬鹿な、ふざけるなよ、ということになるはずである。〇〇の免許を取得したということは、所定の科目群を履修して修得し、〇〇に関して専門的に教える知識・技能がある、と認定されたということである。その〇〇が関係ないなどと言われたら、教職課程の根底が崩れてしまう。

そう。しかし、ではなぜ免許と関係ない部活動を顧問として指導することが許されるのだろう。許されるというよりも、強制されるのだろう。その種目の知識も技能もまったくないのに、顧問になったその日から、その種目を指導する、すくなくとも練習の監督をすることが要求される。それがOKなら、英語の教員が、数学を見よう見まねで担当することもOKなのではないか?

4月から部活動の顧問も指導者として正式にみとめられ、大会の付き添いなどが教員なしでもできることになるという。大変によい改革である。ゆくゆくは、課内活動たる授業や担任業務と課外活動たる部活動を分業制にするのがあるべき姿であろう。部活動の指導にはそのための資格や免許を設定し、そのような有資格者があたるべきだ。授業の担当は有資格者がするのと同じように。

教科指導も担任も部活もすべてがセットで、週休1日もしくは週休なし、というのがノームだ、という職種では、それを受け入れるという人材しか集まらない。

学割っturu?から学ぶこと

しばらく前から流れているSoftbank のCMに出ているジャスティンビーバー。(手首や首から入れ墨が見えて不快極まりないようなタレントをよくCMに使うな、というのはともかく)英語教員としてこれは使えるな、という材料が。

「学割ってる」(Gakuwatteru?)  というセリフを言ってくださいと言われて撮影したのだろうが、周りの日本人出演者の「ガクワッテル」と明らかに異なって彼だけ、「ガクワットゥル」と言っている。

これはつまり、GAkuWATteru というストレスパタンだと英語話者は、unstressed syllable の母音はあいまい母音のシュワになる、というか、かreduced vowel でなくfull vowelとして発音するのができない、ことの表れである。

「君たちは、ガクワッテルとすべての母音をはっきりと発音できるが、ジャスティンはガクワッテルとは発音できない。それは英語では、単語のなかのすべての母音をはっきりとは発音せず、ストレスのあるなしで、まったく母音が変わってしまうからだ。君たちが、そこから学ぶべきは、英単語ではストレスのない音節は、思い切り、あいまいな母音で発音するのが英語らしくきこえるコツだ、ということだよ」

3/16/2017

歌を教材とする場合の歌詞に関する考察:満たすべき3条件と訴求力の折り合い

最近、歌を教材にするさいの選曲について改めて考える機会がありましたのでポストします。

中学の学年行事として、20人ほどの10数チームが、それぞれが選んだ英語の歌を歌い踊るというコンテストを見せていただきました。パフォーマンス自体は、発音の指導がきっちりなされたうえで、そのうえにプラスアルファとして振付やフォーメーションの演出があり、チームの団結や学年の雰囲気の良さを感じさせる、微笑ましく、すばらしいものでした。

文化祭などで行事として英語の歌を歌う取り組みはあると思いますが、私が直接見た限りにおいては、今回ほどきちんと発音指導がなされたうえで行われているものはないと思います。司会者の生徒の英語も徹底的に指導されており、巷の英語教育研究大会や弁論大会で司会をする多くの英語教員よりもきちんとした発音でした。指導にあたった先生の努力がしのばれます。

そのうえで、なのですが、パフォーマンス以前の問題として、いくつかの曲に違和感をもったのです。それは歌詞の内容が、中学生の男女が集団で公式行事として歌うのにそぐわないように思われたからです。いわば子役が演歌を歌っている時に感じるような違和感です。

「あなたのジーンズがびりびりに破れていて、そこから覗く肌を見たとき、ああ! 出会ったばかりでクレージーだけど、電話して!」 (ある曲の歌詞の一部の内容を私の解釈でデフォルメしてまとめたもの)

は、まあ、ジーンズびりびりの肌露出がちょっと下品だな、という程度ですが、

「なあ彼女!会ったばかりだけど、恋してるってことにして、今夜は朝まで、クレージーなことしようぜ、考えすぎないで、さあ、本能のままに、止まらず最後まで!」(ある曲の歌詞の一部の内容を私の解釈でデフォルメしてまとめたもの)

は明らかに10代くらいの「性衝動ホルモン」ソングだと思いますし、

「今夜は最後までいきましょうよ、私のピチピチジーンズであなたのハートをバクバクさせるわよ、ピチピチジーンズの私に触って、あなたが10代のころに見た夢になってあげるわ、肌にふれてみたら、ああこれは本物よ、いちかばちかやってみて、後悔しないで、後ろをふりかえらないで!」(ある曲の歌詞の一部の内容を私の解釈でデフォルメしてまとめたもの)

に至っては、たぶん20代から30代の刹那的セックス万歳ソングで、実際、プロモーションビデオのなかではKaty Perry がどっかのモーテルで男性と激しくからみあってます。

さらに 別の曲 は、f**kingやら、s**tやらのbad language や俗語のオンパレードで、全体として「パーティしようぜ、ガンガン飲もうぜ、はちゃめちゃ騒ごうぜ!」と言っているのは分かりますが、1行1行を見ると、もはや私を含め、普通のEFL話者には意味をとるのもむつかしい感じです。

誤解しないで欲しいのですが、セックスや飲酒をテーマにしている歌だから即、不適切だといっているのでは、必ずしもありません。もし中学生たちが、本当に歌詞の意味を理解したうえで、「私は燃えてるの、セックスしたいの、出会ったばかりだけど今夜は朝までやりたいの!」「がんがん酒を飲んで、朝まで騒ぎたいの!」と実感として歌いたくて歌っているのなら、それはそれで自己表現ですからよしとする、という立場もあるでしょう。15歳といえば人によっては性ホルモンは十分ですから。

でも、日本で育った日本人である彼ら、彼女らのまだまだあどけない顔や、表情、様子をみていると、セックスをしようよ、酒を飲もうよ、という歌の歌詞を理解して歌い上げているというようには思えません。そうではなくて誰かが歌っている映像を見て、メロディやリズムやノリに惹かれて選曲し、あとは単なる音として歌っている、というほうが近いのではないでしょうか。

もしそうだとすると、それは、英語学習として英語教育として英語の歌を歌う・歌わせる場合には、よろしくない状況のように思えます。意味を考えずに音読する「空読み」にも似た、「空歌い」になってしまいます。

音楽の力は偉大です。メロディとリズムは、それだけで聞く人の気分を左右する力を持っています。iPhoneの「写真」アプリには、同じ日にとった写真のグループを勝手に?まとめて、勝手にBGMつきのスライドショーにしてくれる機能があります。

ちょっと前、私がネコのケージを分解する際に、いつかまた組み立てるときの参考にと、分解過程を撮影しておいた10枚程度の写真が、知らないうちにBGMつきのスライドショーになっており、それを見たときの驚き。。。 なんだか感傷と感動をさそうような作品に仕上がっている!ただの即物的なネコのケージの部品が写っているだけなのに!まったく感動のない写真でさえ、感動をさそう錯覚を創り出す。音楽恐るべし!

なんじゃこりゃ~の歌詞が、メロディとリズムと重なった時、総体として「いい歌」になる、いや、なってしまう、時が十分あるのが、歌というもののすばらしさであり、また同時に難しさ、落とし穴ではないでしょうか。

個人の趣味として歌うぶんには、どんな歌でも自分で「いい歌」だと思う歌を歌えばよいのだと思います。

しかし、英語教材として扱う歌は、その学習者にとって、(1)英語として明示的な意味が明らかで、筋が通っていて、(2)学習・記憶するに値する表現、単語(のみ、でなくとも、多く)が使われており、(3)歌詞の内容が広い意味でその歌い手にとって適切(educational だったり、inspirational だったり、instructional だったりと、romanticだったり、encouraging だったり、と適切さの方向はいろいろだと思いますが)である、という条件を満たしているべきだと思います。

今回のコンテストでも、これらを満たした歌がほとんででした。ただ中にごく少数だけ、むむ、という歌が混じっていた、ということです。

単に雰囲気作りだけのために音楽を流すのはもったいないのと同じくらい、覚えた歌詞がその後の自己表現や発信のためにあまり使えない歌を、時間をかけて練習するのは、別の意味でもったいないのではないか、と思います。

今回のコンテストとは無関係ですが、たとえば、Queen の We will rock you は、(1)(2)(3)のどの条件も、どちらかと言えば満たさないように思います。私自身も今年、学生(大学生です)からのリクエストで使ってみたのですが、たしかにあの「ズンズンチャ!ズンズンチャ!」で気分アゲアゲにはなるものの、歌詞の小テストに使える(テストとして取り上げるに値する)単語、表現の少なさに改めてあとから気づきました。来年度使うかどうかは思案のしどころだと思っています。

これらの3つの条件を満たすということと、歌う当事者である生徒・学生に対する訴求力がある、という条件の両方の折り合いをつけるのが、選曲時における moderator, mediator としての教員の役割・腕のみせどころかと思います。




3/09/2017

授業に命を賭ける地上最強の英語教師からのメッセージを聞け!

『高校英語のアクティブ・ラーニング: 成功する指導技術&4技能統合型活動アイデア50』(明治図書)の著者でもある、教え子のセバスこと小林翔君からメールをもらった。

彼は東京都教育委員会が主催する「教師道場」の研修リーダーとして後進を引っ張ってきたが、このたび研修を終了するにあたり、全体の代表として挨拶したので、それを読んで欲しい、と。

本人の希望もあり、彼の熱い思いをこのブログで紹介する。現場に行くと「教師って授業だけじゃないんですよ(ね)」という方向で知ったような顔で話す教師が多いなか、セバスのような授業ファーストを超えて「授業命」の哲学をもった人間は大変に珍しく、かつ頼もしい。

これからも若手のトップあるいは中堅のミドル?として、東京都の英語教員を引っ張っていってもらいたい。


<東京都授業研修修了式でのスピーチ文(抜粋)>

Back to the basics (初心に戻れ)

東京都立白鷗高等学校 小林翔

本日は私が教師として授業に臨むうえで一番大切にしている点についてお話しをさせていただきます。それは、よい授業というのは準備の段階でその大半が決まるということです。

ここで外科医のテレビドラマでの一つの台詞を引用します。「オペというのは準備で全てが決まる。だから何度も検証する。オペの手順、考えられるリスク、それを回避する方法、それらを全部何度も何度も何度も恐れや不安がなくなるまで検証する。怖いってことは準備が足りていないことだから、オペしてはいけない。」

このオペという部分を授業に当てはめてみるとこうなります。「授業というのは準備で全てが決まる。だから何度も検証する。授業の手順、考えられるリスク、それを回避する方法、それらを全部何度も何度も何度も恐れや不安がなくなるまで検証する。怖いってことは準備が足りていないことだから、その状態で授業をしてはいけない。」

外科医にとってのオペというのは患者の命に関わりますが、教師にとっての授業というのは生徒の人生に関わると考えます。たった一回だけの授業と考えるのではなく、その一回の授業にも最大限の準備をして授業に臨み、思いを尽くして授業を行うならば、生徒の未来は変わると思います

(中略)

学校生活の中心は授業です。教師の授業が変われば、生徒も変わる。この研修を通して、教師として授業で生徒を伸ばすことが第一であることを、再確認できたのではないかと思います。また、私も授業力の向上に向けて、更に、努力を積み重ねていく決意です。

皆さんは、この研修を終えるに当たり、一息ついていることと思います。ですが、ここからが大切です。この研修を通して身に付けたことを生かして、更に授業力の向上を目指してほしいと願っております。授業研究に終わりはありません。永遠の課題です。しかし、授業に対する情熱と生徒に対する熱い思いをもって実践を積み重ねていけば、必ずや授業力は向上していきます。自分の殻を破り、更なる目標を設定していきましょう。

Back to the basics.






しょうがいがある学生

世の中にはいろいろな人がいるのである。

LもGもBもTもストレートもいるのである。

(No matter gay straight or bi lesbian transgendered life, I'm on the right track baby I was born this way. ...)

頭のいい人もいれば、そうでない人もいるのである。

足の速い人もいれば、そうでない人もいるのである。

ルックスの良い人もいれば、そうでもない人もいるのである。

太った人もいれば、痩せた人もいるのである。

物覚えのいい人もいれば、そうでない人もいるのである。

しょうがいをかなりもっているひとも、多少もっているひとも、あまりもっていないひとも、いろいろいるのである。

身体的にしょうがいのあるひともいれば、知的にしょうがいのあるひともいれば、情緒的にしょうがいのあるひともいるのである。

しょうがいをもった子がうまれてくれば、その家庭は、その子が存在する以前とはいろいろな意味で異なる状況で進んでゆくことになるとおもう。

しかし異なってしまうからといって、しょうがいという個性をもったその子を排除しよう、という家庭はないはず。それも含めて自分の子なのだから。その子もふくめた全体が、自分たちという家族なのだから。自分の子は自分たちで生んだ、自分の一部だ。

学校も同じである。しょうがいという個性をもった生徒や学生を排除しよう、という学校はないはず。自分たちの生徒は、自分たちの一部だ。

頭が最高に良くて、視力は裸眼で2.0で、背が高くて、イケメンで、美女で、プロポーション抜群で、運動能力抜群で、思いやりがあって、品行方正な生徒や学生だけしか入学させない学校は、教師から見て手はかからないが、つまらないのではないだろうか。というかそんな学校に教師はいらんだろう。

また、そんな学校、わたしもあなたも含めて、世の中の99.9%の人は、入学試験に通らないだろうし。

2月25日の東京新聞に、自身も重度障害者である海老原宏美さんという方が、「障害者の自立を考える」という文章の中で、次のように書いている。

「貢献率の低い重度障害者を切り捨てれば、次は高齢者が貢献していない存在になる。高齢者を切り捨てれば次は病弱者...。どんなに切り捨てても、また新たな社会的弱者が生まれる。」

「価値を創り出すという能力は、唯一、人間にのみ与えられている。そう考えるとき、ただそこに静かに存在するだけの人間にその尊厳を見いだすことも、人間だからこそできるはずだ。それができなくなった時、相模原であったような悲惨な事件が起こってしまうのではないだろうか。」

「存在するだけで社会に『価値とは何か』を問い続ける。そんな重度障害者は、存在しているだけで社会に大きく貢献しているとは言えないだろうか。」












3/07/2017

英語は英語で解説せよ。そしてリズムを重視してトレーニングせよ。

撮影やりました!」から3か月。

3度目の撮影を本日行いました。本当は1月にやった2度目の撮影であとは編集作業に入っていただく予定だったのですが、2度目の撮影の出来に満足できず、ジャパンライムさんに無理をお願いして、予定外の3度目をやらせていただきました。

2度目の撮影がイマイチだったのは、すべて私の力不足です。スクリプトをがちがちに書いてしまったのが裏目にでて、そのスクリプトを覚えてそのままデリバーしようとしたために、表情の硬い、不自然なものになってしまいました。

これでは、教科教育法の学生に胸を張って見せることができない。。。

悩んだ末にお願いしたのが、今回の撮り直しです。

今回のDVDの仮題は、「英語は英語で解説し、かつリズミックに教えよう!」

英語は英語で教えねばならぬ、と文科省が(遅ればせながら)言い出したせいで、各種研究会の公開授業はいまやすべて「オールイングリッシュ」です。しかし、(ほとんどの場合)そこにぽっかりと抜け落ちているものがあると思います。

それは、「本文の精読」です。文法訳読法の授業であれば、1文1文、構文を確認し、意味を確認し、という作業が授業の中核になっていたはずですが、「オールイングリッシュ」になったとたんにその部分がまったくなくなっているのです。

しかしそれこそが、特に高校においては授業の「肝」であるはず。そこを避けて通って表面的な「オールイングリッシュ」を謳ったところで、それ、ごまかしでしょう。

ということで、その「なおざり」にされている部分に真正面から斬りこんだのが、今回のDVDです。

料理した題材は、中学および高校の検定教科書の本文、そしてオバマ前アメリカ大統領のあの広島スピーチです。

今日はその、本文を1文1文英語で解説して精読してゆく、という部分を撮影しました。

実は今回の企画を思い立ったきっかけは、ある教え子の「泣き言」です。彼は高校の中堅教員ですが、自分の学校の生徒たちには難しすぎる教科書を学校が選定するせいで訳読しかできない。。と訴えていました。

言いたいことはわかります。しかしちょっと待てよ。いくら難しそうに思えても、現実の世の中にそういうレベルの英文が存在しているのは紛れもない事実。その事実に背を向けて、訳読しかできないからそういう英文は教材として忌避する、という態度に私は瞬間的に違和感をもちました。そしてその場で彼が「訳読しかできません」と訴えていた本文を、それなりに英語で解説してみました。

本文がむつかしければ、よりやさしい英語で説明すればよい。構文がむつかしければ、それを分解してよりシンプルな文の組み合わせであることを示せばよい。無生物主語が難解ならば、同じことをより明快な生物主語の文にしてやればよい。内容が抽象的であれば、身近な例を挙げてやればよい。どれほど抽象的で難解な内容であっても、そのポイントを簡単に言えないことはないのではないか。

それを彼を教えてやりたい。だから、俗に進学校向けと分類されるCommunication English II や IIIの教科書の本文を使って、それが可能であることを実証してやりたい。

それが今回の企画の源でした。

発売は年度があけてかなり経った頃になると思われますが、ぜひ、ご期待ください。

3/06/2017

責任の先送りと過去戻しという無責任の連鎖

小学校の教員は、●●は中学校でやってもらえばいいや、中学校教員は●●は高校でやってもらえばいいや、高校教員は●●は大学でやってもらえばいいや、大学教員は●●はどこでやってもらえばいい??

あるいは、中1の担当者は、小学校で●●指導されていなかったから今からじゃ遅いし、中2の担当者は、中1で●●指導されてなかったからいまさら無理でしょ、高1の担当者は、中学で指導されてなかったから急にやりかた変えて●●やっても戸惑うし、高2の担当者は、いままで5年間●●されてなかったから、いまさらおそいでしょ。。

こういう発想で、here and now の自分が責任をとらず、責任を未来へ未来へ、あるいは過去へ過去へ転嫁するという人がかなり多いように思われる。

発音にかぎらず、音声指導一般にそうなのでは。

いままで指導されていなかったら、自分に出会ったいまこの瞬間から自分が指導してやろう、この子の英語観を転換させてやろう、英語人生を変えてやろう、高校生で、あるいは大学生で「発音バージン」や「音読バージン」に出会えるなんて(まるで中学生の初学者を教えるようにワクワクするから)なんてラッキーなんだ!!くらい、なぜ思えないのか、不思議。

学期の途中でやり方変えたら戸惑うから云々、という言い訳もよくきくが、根は一緒かと思われる。

発音を直すとやる気をそぐから。。。と言うあなたに私が問いたいこと

発音指導の話をすると、かならず出てくるのが、「発音指導をしてしまうと、こどもの動機づけをそいでしまって英語嫌いにしてしまうのじゃないでしょうか」という問。

そんなことはないですが、百歩譲ってそういうこともあるとして、では、そういう問をするあなたに逆に聞きたいことはこれです。

「まあ、だからその理由であなたは今は発音指導をしないのですね。それでは尋ねますが、いま発音指導をしないにしても、その学習者が、いつかは英語らしいクリアな発音で英語を話す日を迎えさせてやりたい、という気持ちはありますか?ありませんか?もしあるのなら、いつどうやって、どういう段階を踏んでその日を迎えさせてやるロードマップを描いているのか教えてください。」

「私は目の前の学習者に「いつか」英語らしい英語を話させてあげるための、私の知っている唯一の方法は、いま、私が、この手で、この場で、発音を直してやることだと考えて(本当は、「知って」)いるので発音指導をしています。その方法を先送りするあなたは、では、いつ、どのタイミングで、どうやって、その学習者の発音の改善を実現する見通しがあるのですか?」

「たんに今自分が『いい顔』をしていたいから、責任を先送りしているだけではなくて、きちんとした見通しがあるのですか? どういう見通しですか?」

「知っていると思いますが、単に使っているうちに発音がよくなることは100%ありません。英語圏で何十年も暮らしていても、発音レベルがそのままである移民はゴマンといることは周知の事実です。」

「見通しがあるなら教えてください。」

「もし、見通しもなく、そもそも、そういう日を迎えさせてやりたいという基本的な気持ちがないのであれば、あなたとの話はこれで終わりです。そういうあなたという教師を私は心から軽蔑し、あなたに教わっている不幸な学習者を、こころから不憫に思います。」

3/05/2017

言語エキスポWS終了しました

淡路佳昌科研プロジェクトの一環でもある「小学校の先生のための手取り足取り発音講座」無事、終了しました。24名のかたに参加していただきました。ありがとうございます。

全体の感想としては、今回参加してくださった方は、概してもともと発音レベルが高かったということです。中学の先生の集団、高校の先生の集団、と比べてもまったく遜色なかった、いやむしろ平均的な中高の先生に比べるとひょっとすると勝っていました。

これが小学校の先生の平均的な姿だとすれば、かなりバラ色だと思いますが、そうではないでしょう。トップ〇%の方々なのかとも思います。

やはり、こういう大学を会場とした学会的な催しで発音トレーニングに自主的に参加するとなると、ある程度は「腕」に覚えがあるけれども、さらに向上したい、という上位層が多くなるのでしょうか。本当の、まったく英語発音に自信がない、たぶん一番厚い層の方々の興味をいかにかきたて、会場に足をはこんでもらうか、というのが今後の課題かもしれません。潜在的な需要は大きいと思うので。

こんどは自前でこういうWSを企画して、小学校に出前する、なども考えていきたいと思います。

きょうは、全体としてはまずまずできている先生方でしたが、文になるとついthで舌を使わなかったり、bとvが一緒になったりというケースも多かったので、それを矯正して1ランク向上していただくお手伝いもできたと思います。

約30分の全体指導プラス約40分のグルグルを経て、ビフォアとアフターを比べてみると、あきらかに細部のレベルは上がったと思いますので、細かく分析してみるのが楽しみです。

参加者のみなさまありがとうございました。本日、意識すればできるようになった音が、それほど意識しなくともできるようにするのは、ご自分の今後次第です。子どもたちのために、ぜひ、頑張ってください。

また学生アシスタントの4名もお疲れさま。


2/26/2017

新「学力の3要素」は思考力の低さの証拠か?

so called 学力の3要素とは:
(1)基礎的・基本的な知識・技能
(2)知識・技能を活用して課題を解決するために必要な思考力・判断力・表現力等
(3)主体的に学習に取り組む態度
だそうだが、文科省の言うことは昔からなぜ一貫してわかりにくくてバランスが悪いのだろうか。こういうわけのわからんhalf-bakedで恣意的で不格好なものを押し付けられるわれわれ下々は大迷惑である。

この新「学力の3要素」を書いた担当者は、思考力が低いのではないだろうか。

学力の3要素という表現をするからには、学力という構成概念は3つの要素で成り立っている、因子分析で言うところの3因子解だ、のような主張である。2因子でも4因子でもなく、3因子なのだ、という。

要素だというからには、それぞれの要素はそれ以上分解できないのなければおかしい。要素がさらにかなり異なる下位要素に分解できるのであれば、3要素だという主張、3つにくくるというに意味がなくなる。

まず(1)だが、知識と技能を一緒にくくってしまっている。これが非常に違和感がある。英語学習における知識を吸収する作業の重要性を矮小化しているのではないか。十分な語彙を習得するという作業だけでも膨大な時間がかかるし、語彙の獲得がいかに重要であるか。文法の獲得がいかに重要であるか。それを単なる三分の1のそのまた半分にしか扱わないとは。

また英語学習に関しては、知識が宣言的知識で、技能は手続き的知識だろう。このふたつは非常に違うものである。いかにして宣言的知識を手続き的知識に昇華、転化させるか、というのが我々の仕事の9割以上を占めると私には思える。それをふたつ一緒にするか?

つぎに(2)だが、すくなくとも「思考力」は、「学」力ではないだろう。そして、表現力は、技能の一部ではないのか? すくなくとも英語にあてはめればそうだ。

そして最もおかしいのが(3)。「態度」が「学力」だ、というのは、日本語の破壊である。

100歩譲ってこれらがすべて「学力」に入るとして、私にとって、それぞれの占めるパーセンテージ(ここで割合とは、教員として力を傾注する努力の割合のイメージ)は

知識--50%
技能(含む表現力)--40%
思考力(含む判断力)--9%
主体的な態度--1%

のような感じである。私の考えでは英語教員にとって思考力やら判断力を伸ばすのはほとんど仕事のうちではない、いや仕事のうちであるにしても、ひじょうに周辺的なものである。そんな高級なことより、もっと地面をはうレベルで、泥臭く覚えさせなければならないことが五万とあるのである。

思考力だ判断力だ、そんなものは読み書き算盤ができれば(知識と技能があれば)おのずと身につくとも言えるし、もともとそれぞれの学生にそれぞれのレベルでL1として備わっているとも言えるし、英語屋としてはそこまで責任をとれない(取る必要はない)とも言える。

コミュニケーション能力のなかで、本当はものすごく大きくて中核である文法的能力をベン図のほんの片隅においやって、社会言語的能力やら方略的能力やらの本当は周辺的にすぎない部分の重要性を言い立てる「コミュニケーション能力観」に対して感じるのと同じ気持ち悪さ、嘘くささを、知識と技能をくっくけてほんの片隅に追いやっているこの学力観には私は感じるのを止められない。

そういう嘘くさく、気持ち悪く、バランスの悪い学力観だが、例の大学の3つのポリシーを書くに当たっては、これにもとづかないと補助金に響くらしく、嘘くさいと思いながら金をもらうために適当に紐付けざるを得ない。まったく嫌な世の中である。クソいまいましい。業腹だ。


2/25/2017

小学校の先生のための「手取り足取り発音講座」(追加募集)→内部的に

3月5日(日)に早稲田大学で行われる言語教育エキスポ2017の中で、上記のワークショップ(無料)を、同僚の淡路先生と行います。内容は:

教科化が決定した英語について、不安を感じている小学校の先生は多いようです。なかでも自信がないのが音声面、発音面ではないでしょうか。このWSでは、色や食べ物や動物や日頃の活動に関する好みなどについてのごく初歩的な英語が、「国際的コミュニケーション」という観点から十分にクリアなレベルの音声で言えるまで丁寧にコーチいたします。(その上達の様子を記録させていただき、個人情報を伏せて研究データとさせていただきますのであらかじめご了承ください。)

小学校の先生限定で追加募集がされる(もうされている?)ようですので、検索してみてください(私はそのあたりにタッチしておらず、わかりません)。英語の発音が大事だとは感じていても、うまくできない、自信がない、という小学校の先生、歓迎です。(↓に追加情報あり)

上記ワークショプはすでに締め切っていたそうですが、フタをあけてみると定員の半分が大学の先生という状況だったので、悩んだ末、小学校の先生以外はご遠慮いただくようお願いし、あらためて小学校の先生の参加を募集する、という経緯になりました。お申込みくださった大学その他の先生方、悪しからずご了承くださいませ。

で、その代わりと言ってはなんですが、グルグルや発音指導方法についてメタ的に知りたいという方々がいらっしゃるようなので、以下のような追加セッションを午後に急遽設定しました。

学習者の発音を本当に変えたいなら明示的な矯正的フィードバックに限る 
-- グルグルメソッドの理念と実践 --

発音指導をすると生徒のやる気をそぐのではないか、意味重視の活動をしているときは発音指導はしないほうがいいのではないか、国際語としての英語の時代に発音指導の重要性は低いのではないか、という考えが誤っていると我々が考える理由を説明し、学習者の発音を実際に変える有効な指導法としてのグルグルメソッドの理念と実際のバリエーションを紹介します。


こちらも、申込方法などの詳細は、私は承知しておりませんが、どうぞお越しください。

追加情報:と書きましたが、これらの再募集、募集はすでに言語教育エキスポ自体に参加を認められた方々のみを対象とする、とのことでした。よろしくお願いします。

2/19/2017

気持ちをことばにのせて

もう10年近く前だが、非常勤として勤務していた中学校(関大一中)で行われた暗唱コンテストで審査委員長を務めたことがある。

当時お世話になっていた先生から、今年もまた暗唱コンテストを行うにあたりあの時に私が書いた挨拶を是非パンフレットに載せたい、という要望をいただいた。

光栄なことであり、もちろん使ってください、と返信したが、その挨拶を改めて読み返してみて、我ながらなかなかよいことを言っているように感じるので、ここに載せる:

―英語暗唱コンテストによせて― 
名誉審査委員長
大東文化大学 教授 靜 哲人 
人は気持ちを言葉にします。言葉とは音声です。だから音声は気持ちなのです。 
暗唱とは決められた一節を「暗記して唱える」と書きますが、不思議なことにうまく暗唱するコツは暗記しないことだ、と言われています。もちろん最初から覚えていないのではお話になりませんが、一度完璧に覚えたらいったんそれを忘れてしまうことです。そしてその白紙の状態から、自分の「気持ち」を言葉にのせて相手に伝えようとして語ることが、結果的に聴く者の心を打つ暗唱につながるのです。 
「うまく」「すらすら」「間違えずに」暗唱しようとする必要はありません。それよりも、できる限り聴いている人たちひとりひとりの目を見ながら、自分の気持ちを言葉にこめて相手に伝えよう、としてみてください。気持ちが言葉に乗ったとき、優れた暗唱が生まれるはずです。 
出場者のみなさんの「気持ち」を受け取るのを楽しみにしています。

---

今年、実際に中学生のパフォーマンスを見にゆくことはできないが、きっと気持ちののった英語を届け合うコンテストになるだろう。

2/15/2017

「アクティブ・ラーニング」使えず:喜劇?

「アクティブ・ラーニング」使えず=法令では難しく―学習指導要領改定案
時事通信 2/14(火) 17:07配信

文部科学省が公表した学習指導要領改定案では、中央教育審議会の答申がキーワードの一つとして掲げていた「アクティブ・ラーニング」という言葉は使われていない。

同省は「指導要領は広い意味での法令であり、しっかりした定義のない片仮名語はなかなか使えない」と説明している。

(以下略)

--以上引用 --

ザマアミロ(誰のザマかな?)
実にめでたい。これを機会にこのうっとおしいバズワード自体が消えてゆけば多くの良心的な英語教師の精神衛生状態にもプラスである。
ついでに、ファカルティ・ディベロップメント(FD)とか、スタッフ・ディベロップメント(SD)とかのテキトー雰囲気用語も消えてくれればいいが。


2/14/2017

Happy Valentain!

数日前、通勤ルートに某ショップを通りかかった時に見かけたのが、このチョークで手書きの看板。

ありがちな綴りだ。

暇な時間帯でお客もいなかったので、誘惑に堪えきれず、そばにいた(暇そうだった)店員さんに近づき、「◯◯さん(ショップの名前)ですよね。あのぉ。。ボードのバレンタインのつづり違うよぉ~(笑)」とだけ告げ、そそくさと立ち去った。

(変なおじさんである)

あれから3日。

昨日また通りかかってみると、おお、直してくれていました。うっすらとチョークを直した跡がご愛嬌。フフフ。。

2/11/2017

英語も達人で授業にも命がけ

神戸市立外国語大学の野村和宏先生の研究室を訪問させていただきました。

大学院の様子を教えていただくのがメインの目的だったのですが、たまたま見せていただいた学部の授業のビデオにうなりました。

毎時間の授業を録画しそれをDVD に焼いて学生に渡すのをルーティーンにされているとのこと。

英語の達人もいますし授業命の人もいると思いますが、両方の人は非常に少ないと思います。

その意味で今日の訪問は大変 勉強になりました。

野村先生 貴重なお時間をありがとうございました。先生の学生は幸せだと思います。



2/05/2017

入試監督道完遂

告白するとセンター試験の監督の時は少し座ってしまったのだが、本日は、過去に自ら宣言した「靜流入試監督道 十戒」をすべて実践し、一日通して一回も座らずに監督業にいそしむことができた。ひとところに立っているとむしろしんどいので、室内を超低速で巡回する。階段教室の昇り降りで、超低速歩行を実践したので、軽い筋肉疲労さえある。快適で適度な緊張感のある受験環境を作り出すことができたと自負している。最後は、「気をつけてお帰りください。ごきげんよう~」 受験生のみなさん、お疲れ様でした。

2/04/2017

『高校英語のアクティブ・ラーニング: 成功する指導技術&4技能統合型活動アイデア50』(明治図書)

の著者の「セバス」こと小林翔君ができたてホヤホヤの著書を届けてくれた。



<自らの著書を手に微笑む小林翔氏> 

パラパラとブラウズしてみると、いわば私の『英語授業の大技・小技』(研究社)のセバス版という感じで、若い中堅教師が、これでもか、と自分のノウハウを惜しげもなく公開している本に仕上がっているようだ。

私が38歳で『大技・小技』を出したのが1998年。それから約20年経った2017年に34歳の弟子のセバスが出したのがこの『活動アイデア50』。

この約20年間で、英語授業の「技術」はどのくらい進歩したのか(しかし本質は変わっていないのか)、ぜひ読み比べてみるとおもしろいだろう。

『大技・小技』の著者自己紹介で私は「趣味は授業。夢は地上最強の英語教師を育てること」と書いた。そして小林氏は本書のあとがきで、自らのことを「趣味は授業。地上最強の英語教師になるのが夢だ!」と書いている。

柔道経験者で、「受け身」(=もちろん受動態のことですが...)の導入のために、柔道着で教室に乗り込んでいきなり「受け身」の実演から入って生徒の度肝を抜く、といったパフォーマンスのできる小林氏は、まさに「地上最強の英語教師」への道を一直線に進んでいると言えよう。

パラパラと読んで、「お!」と思ったのは、

15 音節とリズム感覚を養う Limericks (p. 90)

である。これはやられた。。素晴らしいね、セバス。

少し前のポストで、噂に聞くと随分物議をかもしたらしい、高校は「クソ」でした に出てくる高校英語授業とは対極にあるような、うっとおしいくらいに熱い熱い授業を展開する東京都でもいまや主導的な立場にある中堅高校教師の渾身の一冊なので、とくに若手の、やる気のある高校の先生、是非手にとってみてください。勇気がわいてきますよ。書店に並ぶのはもう少し先になるとのことです。

**** 以下、心の声 ****

『大技・小技』は若林先生に読んでいただくことはできたが、『英語テスト作成の達人マニュアル』(大修館)のときにはタッチの差で天国に旅立ってしまわれていた。オレはセバスの二冊目を見るまで元気でいるぞ。

2/03/2017

教え子が相次いで本を出した、という幸せ

関大時代の教え子の竜虎のひとり小林翔君が、このたび、単著の単行本が完成しました、と知らせてくれた。

もうひとり正頭英和君のほうはすでに単著単行本世に送り出している(またそれが大変好評とのことで、続編を出すとのこと)ので、これで、竜虎の両方が著書を持ったことになる。

テイストは違うが、ふたりとも逸材だ。若いし、勢いがあるね。かたや小学生を、かたや高校生を、毎日ビシバシしごいている様子が目に浮かぶ。

シズカイズムをまず継承し、それをそれぞれのテイストによってさらに独自のイズムに高めている。

ますますの活躍を期待したい。

1/29/2017

トランプ大統領の出現は福音だ!

というのは、彼の政策がすばらしいから、ということではなく、英語学習者にとっての英語モデルとしてすばらしいから、という意味です。

トランプ氏のスピーチやツイートの英語が平易だ(すなわち教材にしやすい、取り組みやすい)、というのは誰もが指摘するところですが、それに加えて、映像を見ると、彼は歴代大統領よりも、口を大きなアクションで動かして話すように思います。Lip rounding などもかなりはっきりしています。おまけに結構ゆっくり話してくれるし。

学習者に、ほら、英語ではあんなふうに大きく口を動かすのだよ、と見本として見せて真似させるのに適していると思います。

なんといっても、好むと好まざるとにかかわらず、あれだけ重大な、誰もが関心を持たざるを得ないことがらについて、時々刻々、平易な英語で、しかもシンプル(いや、シンプリスティック)に発信してくれるので、いまだかつてないほどの、「すばらしい」時事英語の教材になるのではないか、と。

難点は、(個人的には)あまり聞いていて心地よい声の質とは言い難い点と、政治的な中身が中身なので、ノーテンキに単なる英語題材として提示しても、嫌悪感、抵抗感を覚える学習者がいる可能性があることでしょうか。

1/27/2017

雨ニモマケズ

目ノ前ノ生徒ト自分ノ知識ノギャップナド一切考慮セズ

聞イテイル生徒ニ分カロウガ分カルマイガマッタク構ウコトナドハセズ

複数ノ論点ヲ整理スルコトナク思イツクママ縦横無尽ニゴチャゴチャニ扱イ

機関銃ノヨウニマクシタテテ生徒ニ考エル隙ヲ与エズ

同ジコトヲ表現ヲ少シダケ変エテ何度モ何度モ無駄ニ繰リ返シ聞キ手ヲウンザリサセ

目ノ前ノ生徒ヲ成長サセヨウ、向上サセヨウトイウ気持ナドサラサラナク

理不尽ナ思イ込ミヲ力説シ弱イ立場ノ者ヲ圧倒シ

ダメヲ出スダケデ具体的ニドウシタラ良イノカトイウヒントナド与エルコトモナク

生徒ニ「自分ハ日本語デサエ理解力ガナイノカ」トイウ無用ノ誤解ト絶望ヲ与エルトイウ大キナ罪ヲオカス

ソウイウ教師ニ君ハナッテハイケナイ



1/26/2017

就活家族 と Carpenters

「就活家族」 . . . なんだか家族4人共がドロドロの状況で、気が滅入りそうになりながらも思わず見てしまうドラマだなぁ。。と思っていて、挿入歌 Rainy Days and Mondays が流れてきたとたん、ウグ。。

ひでぇ発音だ。

あの美しい歌を、よくもあんな発音で歌って恥ずかしくないものだ。

日本語の歌のなかにフレーズ的に使われる英語がいい加減でも気になるのに、カーペンターズの歌をまともに英語で歌われたのがあれでは、ドラマまでが興ざめに思えてきてしまって、大変に困る。

まあ、一度聞いてみてください。

こういう歌を聞いて、「ひでぇ発音だ」と気持ち悪く思う学生をひとりずつ増やすのが、私の仕事。

第一回 教職関係教員&学生スキー・スノボ大会

吹雪の中、敢行しました! いやあ楽しかった。これ、教職の年中行事にしよ。


1/24/2017

「厳しく注意し、しっかり認めて伸ばす」

私はこの授業の内容を知った時から、絶対に取ろうと決めていました。歌を歌って英語を学べる、こんな楽しそうな授業があるのか!と思ったからです。

実際一年を通して、私は、発音をおろそかにしている者やダメなところには厳しく注意し、良いところはしっかり認めて伸ばしてくださる、そんな先生の授業がとても心地よかったです。

この授業の良さは正しい発音、文法が歌を通して自然に身についていくように、生徒一人一人が努力をしなければいけないことだと思います。グルグルは4人グループで1人が間違えるとまたやり直しになります。だから一人一人が責任感を持って歌い、正しい発音を常に意識しなければなりません。

また、メンバーの中に発音が上手くできていない人がいると、周りが気づいて教え合うことで、全員が自然に正しい英語の発音をする努力を自然とするようになりました。でもそれは、歌を通しての学習なのでとてもとても楽しかったです。

また、毎回の小テストは単語や歌詞の意味を深く理解でき、自分の中の英語の語彙も広がったと思います。私は毎週のこの授業が大好きでした。

大学生になって仲間と協力して努力する授業はなかなかないので、とても有意義な時間をこの授業で過ごすことができたと思います。一年間本当にありがとうございました。

1/22/2017

along と 「レギンス」の関係

私が過去に行った高校生向けの授業の音声をトランスクライブする課題を出したところ、私が

comes along

と言ったところを

comes alone

と書きとってきた学生がいた。文脈の理解の不足と、along の発音をたぶん誤解して、alongu 的に覚えているからこういう間違いをするのだろうな、と思っていた矢先、なにかを見ていていてファッション用語の「レギンス」

というのは実は、

leggings

なのだ、ということを初めて知った。

「レギンス英語:leggings)とは、ボトムスの一種である。レギンズ、レギング、レギングスなどともいう。」(Wikipedia)

なるほど。なかなかイメージをとらえた優れた発音近似値のように思える。

そうならば...

leggings : along = レギンス :  アロン

なのだから、いっそのこと along  は、「アロン」   ..ing も、「イン」 というイメージで中学校の初出時に導入すれば、リスニングにも役立つのではないだろうか。

『現在進行形」は、ビー動詞プラス アイエヌジー形で作ります。アイエヌジー形は、「イン」と発音します

いやいや、英語で導入するのだから、こういう説明ではなく、まずは絵でもみせながら

Tom is playing the tennis.  ターメz plエイイン thア テーネーs 

とでも発音する感じか。


1/19/2017

大「田舎」問題

昨年、教科教育法の学生のひとりに、

「先生、Siri で rural って発音して認識されないんですが、やってみてもらえますか?」

と言われ、どれどれ貸してみろ、こうやるんだよ、見てろよ、とばかり彼のiPhoneに向かって

rural

とか

rural areas

とか、何度も試してみたが . . . ついぞ正しく認識されない、という屈辱的な事件があった。(rule などと出る)

チッキショー。。。

なにかコツがあるのか、ということで、ICTの私の師匠の某先生に、どうやったら認識するのでしょうか、とメールしててみたところ、しばらくして返ってきた返事が、「。。。なかなかムツカシイみたいですね。。」と。(どうやら師匠も認識させるのに成功しなかったらしい。) 

師匠も認識されないなら、Siri の側に問題があるに違いない、ということで自分を納得させ、2016年は終了。

ということで終わっていたのだが、年が明け、自分のなかで機が熟し、ガラケーと心中するという誓いをついに撤回し、このたび、iPhone 7 を購入した。

さっそく昨年の借りを返すべく、わが iPhone 7 に向かって

Where can I find rural areas?

と問いかけてみたところ、ジャーン、一発で認識したではないか!

なんどやっても同じ結果。決してまぐれではないよ。

つまり、あの学生の iPhone 性能が悪かったに違いない。。。

ということで、ひそかに快哉を叫んだ、というちっちゃな話でした。

1/18/2017

歌の授業で最終プレゼンをしてみました

100人の歌の授業ですが、今回初めての試みとして、最終授業でグループ発表を行いました。経緯や様子などについて、自分の備忘もかねて記しておきます。

昨年度は15回すべてを通常の授業を行いましたが、その後、関西大学第一中学校の「Glee Project」の実践に刺激を受け、「今年度は自分の授業でも、発表会的なものをやってみたいな」と思ったのがきっかけで、学期途中に予定を組みなおし、最後の1回をそれまで練習した歌をグループで全体に対して発表する最終プレゼンテーションにすることとしました。

それをアナウンスしたのが10月末です。「1月の最後の授業では約100名/8グループ=10数名のグループで、それまでに授業でカバーした歌のうちのどれかを選んで、教室の前でアカペラパフォーマンスをしてもらいます」と宣言しました。

しかし大学生にそういうことをやらせるのは、中高にはないむつかしさがあります。中高であればクラス内の生徒同士はもちろんクラスメートとしてよく知っている者ばかりで、必要に応じて放課後に練習する・させるなども可能です。

しかし大学ではそうはいきません。100人もいれば口を聞いたことなく、名前も知らない人が多いわけであり、また時間割も十人十色で、「放課後」に集まって何かをする、なども難しいのです。

よって最終日のパフォーマンスをある程度でも成功させるには、すべての準備を授業内でさせることが不可欠でした。よって10月からは授業の最初の15分は、その日の歌とは無関係にして、すべて1月の最終パフォーマンスに向けてのグループ内準備を行わせました。準備は次のような段階を踏みながら、ゆっくり進みました。

(1)グループは座席の列ごとに指定しましたが、その中でまずグループリーダーを決めさせました。

(2)次に曲目を決めさせました。最初に希望をとったところ複数グループで同一曲目を選んでいたケースがいくつかあり、やんわりと、どちらかのグループの曲目を変更するようにもっていき、8グループがすべて違う曲をするように決めさせました。

(3)グループ内での歌う分担を決めさせました。

(4)分担がきまったら実際に「歌い合わせ」をしてみるように仕向けました。

(5)「歌い合わせ」は、教室内の前後に長い列に座ったままでは無理なので、どこかに集まって立ってやってみるように仕向けました。

(6)12月にはリハーサルと称して実際にステージ(がある教室なので)に上がらせて、本番通りに歌わせてみて、個別にダメ出しをし、ダメのでた部分を記録した歌詞シートをリーダーに渡し、修正しておくように言いました。基本的には通常の授業内で4人グループではグルグル合格を得ていることがほとんどなので、やる気になればきちんと発音できるのですが、大グループでのパフォーマンスとなるとまた別になってしまっており、あらためて注意を喚起する必要がありました。

(7)また発音以外に、グループメンバーの分担などについてもアドバイスをしました。基本的には全部ソロですが、要所要所に全員でのコーラスなども織り交ぜてみてはどうか、と。

(8)なかには極端に声量が小さな学生もいたので、全体に対して「マイクはつかわずアカペラでやりたい。それはマイクを使うとマイクを手渡しするタイミングで、曲のリズムが狂うから。また教室の前半分に集まって聞けば十分聞こえると思うので、マイクなしでいい。。かな?」と問いかけ、マイクなしでやるのだ、という覚悟をさせました。

確認ですが、リハーサルを除き、これらは授業の最初の15分ほどで行い、あとの時間ではその日の歌を通常手順でグルグルしました。

ここまでで12月。そして1月のしょっぱなの授業がもう本番なので、本番の2日前に、全員が採点するジャジング・シートをメールで送りました。ジャジングシートを送った意味は、採点基準として、発音の正確さ、声量、グループ内の連携、全体的なノリの良さ、があるのだと知らせて、それらの項目での得点がよくなるように努力するよう仕向けることと、全員が採点者になってお互いを採点するのだと知らせることで、暗に成績に入れるよと示唆し、より頑張ってもらうためです。

(私がいままでみた)中高の授業でありがちだった、最後に音声的にレベルの低い発表をさせて Great! Thank you!! という空疎な賞賛をする、というパタンはもちろん避けたいと思いましたし、かといって最後の授業なので盛り上がって、楽しく終わりたい、という気持ちもありました。鍵は学生たちがどこまでこの発表を真剣にとらえてくれているか、にかかっていました。

ある程度のレベルの発表をさせ、それに対して純粋に拍手をして楽しく終わりたい。。。

こうして迎えた最終日。「きょうはプレゼンテーションです。学期末テストという意味もありますが、最後の授業なので、なによりも楽しんでもらいたいと思っています。ビデオも撮りますので、張り切ってくださいね。最初の30分は準備に使ってもらいますので、1:45分には着席できるようにしてください。では準備に入ってください。」

このように説明してグループごとの最終練習が始まったのですが、その練習風景を見たとたん、それまでの心配は無用であった、と直感しました。

どのグループも立ち上がってリーダーを中心として集まり、最終チェックに余念がありません。体を左右にゆすってリズムをとっているグループや、男子も女子も全員がてをつないで腕をふりふり歌っているグループもあります。




あの光景だけで、すでにこの企画は成功であったと感じられました。嬉しくなって教室内を歩き回りその様子を最近使い始めた iPhone 7で写しまくっている自分がいたのです。

で、肝心の本番がどうだったかと言えば。。 楽しかったですね。どのグループも緊張しながら、精いっぱいのパフォーマンスをみせてくれました。グループの発表が終わるごとに、ホッとしたその表情をグループ集合写真に収め、2枚目には私も真ん中に入って写してもらう、という手順を繰り返しました。私を入れてのグループ写真の際には、学生たちが私のことを「愛して」くれている、つまりこの授業を受けたことを良かったと思ってくれている、ということが感じられ、大変嬉しく思いました。

全ての発表が終わった後は、最後の歌として L-O-V-E を教えて皆で合唱し、最初の4行を暗記して書く、という仕上げテストっぽい終わり方にしてみました。

初めてにしてはまずまずの出来だったと思います。

みんなお疲れさま。よかったよ!














1/04/2017

隠れた曲者 J と Z

以前から感じていたが、あまり話題にならない j と z の区別は、日本人にとってかなり曲者なのだ、とあらためて強く感じたことがあった。

少し前から気に入って観ている Goose House というグループがあるのだが、きょう(年が明けてからではあるが)彼らが歌う Jingle Bells を聞いた。

歌声自体はものすごくうまくて気持がいいのだが、Jingle Bells.. というフレーズになると、全員が

♪ Zingle Bells, Zingle Bells

と歌う。


う。。(涙)

とても好きなグループだっただけに興ざめになってしまい、非常に残念だ。

いままでも40人のクラスがいてひとりも zi: と ji: の混同がないことは一度もなかった。さらに、 dzi; と 3: (← IPAを想像してください) との混同もあるので、4つ巴のカオスである。

さらに z はドイツ語では dz を表すのだからややこしい。

もしかすると「ジ」を訓令式ローマ字で zi と表記することの弊害もあるのか。