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12/16/2017

直山木綿子・文科省教科調査官が話してるのは、もしかして英語?

故・大山倍達氏をモデルにした「空手バカ一代」で、ケンカ十段こと芦原英幸氏は、四国の空手界に殴り込みをかけた時、「それ、もしかして空手?」と言って相手を挑発していた。

この文科省お墨付きのデモンストレーションビデオを見て思い出したのは、この「それ、もしかして空手?」である。

これもしかして英語?


このデモンストレーションビデオでは、文科省教科調査官の直山木綿子さんが

Do you like carrots?

の意味で、

Do you like callots? 

を連発(6:29, 6:33 あたり)し、

また、その直前にも green pepper

の意味で、

gleen pepper (6:27)

いや、より正確には、gに母音をつけて

guleen pepper

と言っている。

嘆かわしい。

L/R の区別が自動化していないような英語学習者が、英語教員として教壇に立つことがあってはならないし、ましてや一国の英語教育行政のリーダーとして研修を行うようなことはありえないはずなのだが、そのありえない事態が起こっているのが今の日本である、ということか。

あの英語を聞いて、直山さんにこう言ってケンカを売る英語教師はいなかったことが同業者としては一番に情けなく、歯がゆい。

「それもしかして carrots?」



こちらのビデオでは、family name がところどころ、私には何度聞いても

famiry name

に聞こえる。また、

first name  の tを開放し、かつその後に微かにあいまい母音をつけているのが大変に気になる。first name のように、tの後にn が続くような場合は、tは開放しないのが英語としては自然である。それができないようでは英語指導者のレベルではない。

ついでに言っておくと、彼女の first は firust のようだ。。。

繰り返すが、嘆かわしいことだ。「王様は裸だ!」と言う者がいない国だということだから。

12/15/2017

「責任あるテスト」が「英語が使える生徒」を作る

標記のようなタイトルで、根岸雅史先生の新刊

『テストが導く英語教育改革 「無責任なテスト」への処方箋』

の書評を、現在発売中の大修館『英語教育』1月号に書かせていただきました。

是非、お読みください。
 

英語を英語で授業する方法の提案 その(2)

高校の実習生の授業をもとにして、具体的なスクリプトの形で、英語で英語を教える高校の授業を提案しています。

ご高覧下さい。



「史上最大のガッカリ授業」の改善レポート

史上最大のガッカリ授業と思わず書いてしまった授業を、淡路先生と二人がかかりで指導した結果、どこがどう改善したか、という劇的ビフォーアフターを教職課程センターの紀要にまとめました。

是非、ご高覧ください。


靜哲人・淡路佳昌(2017) 教育実習訪問指導による英語授業改善の検証 --録画ビデオ分析によるケーススタディ-- The effects of on-site feedback on improving a student teacher's English class: A case study based on video recordings analyses 大東文化大学教職課程センター紀要, 2017

ちなみにこの授業をした学生は、精進をつづけ、来春からとある自治体の正規教員として教壇に立つことが決まっています。

12/06/2017

戦争孤児の歌う Imagine


https://www.youtube.com/watch?v=tK0WAgY8D0A

11/26/2017

カーボフ誕生!

この製品名のカナ表記、よくぞ「カーボフ」にしてくださった。カーブオフでなくて。

実はバイク王のCMが「バイクオー」であって「バイコー」でないことに、得も言われぬ気持ち悪さをずっと感じていたので、「カーボフ」には嬉しくなりました。

これで不要な母音挿入がちょっとでもなくなればいいです。

11/24/2017

サンフランシスコ市が慰安婦像の寄贈を受け入れた件

女性の人権が蹂躙された過去の遺産として長く記憶され、反省されるべきものであり、よろこばしいことである。

自らが他者に与えた多くの苦しみには知らんぷりを決め込み、自分が被った痛みだけを言い立てても、説得力はない。

11/23/2017

DVDを見て連絡を下さった高校の先生

DVD『英語は英語で、しかもリズミカルに教えたい!」を見て、楽しそうなので実際に授業を見てみたいです、とある高校の先生が連絡をくださいました。

話を聞いてみると、実はご自分も大東の卒業生である、と判明。

出演しているのが英語科教育法の授業の学生だということをお伝えすると、あの後輩たちならきっと生徒に楽しく英語を教える教員になってくれると思います、とおっしゃいます。

うれしいですね。

今度授業を見ていただくことになりました。

授業は時間の無駄だ!という塾

地下鉄の駅で、お?と目を引いた塾のポスター。


どれどれ、とパンフレットを持って帰ってみると、なになに。。?

なぜ授業では全訳や模範解答を先に配ってくれないのでしょう? そう違和感を感じたあなたの感覚は正しいのです。予備校のテキストは問題しか書かれておらず解答解説は自分で授業中に書き込む形式になっています。 
あらかじめ解答解説がある状態で説明されたほうがわかりやすいですし無駄がありませんよね。書き写すことで生じる時間をすべて他の受験勉強にまわしたほうがよっぽど効率的なのになぜなのでしょうか。その理由は全訳や模範解答を先に配ってしまうと生徒がそれを使って勉強してしまい授業を聞かなくなる事を教師が恐れているからなのです。 
はっきり言えばこのような授業は時間の無駄以外のなにものでもありません。解答を読めば済むような全訳を口頭で伝えるような教師によって奪われる時間は年間で数百時間にも及びます。(後略)
ほう。結構鋭いことを言っております。まあサスペンスがある状態をつくっておいてそのサスペンスを解消したほうが印象に残りやすい、というのはあるとは思いますが、それにしても、教師のやることがなくなっちゃうから全訳や模範解答を配らないのだ、という指摘は、おおくの教師にとってけっこう耳が痛いのでは?

11/17/2017

「カルタ仕立ての単語ゲーム」を考える

ターゲットの単語の意味を絵などでノンバーバルに表したものを表、スペリングを記したものを裏にしたカードを用意する。4〜5人でグループになり、その真中にそのカードをバラバラに置く。教師が、そのカードのどれかの単語を読み上げ、それを聞いた学習者は読まれたカードをすばやくカルタ的に取り、その獲得数を競う。


比較的よくある活動だが、この活動について少し掘り下げて考察してみたい。

ノンバーバルな表面をつかってこのゲームをするのは問題ない。その単語の音声を聞いて、その音声が表す意味を瞬時に理解し、ノンバーバルイメージを選ぶ、という作業である。音声を意味と結びつける訓練になる。

ではバーバル、つまりスペリング面を上にしてやるとどうなるだろうか。学習者は車座になっているわけだから、当然、カードはバラバラな向きに置かれる。したがって個々の学習者から見ると、カードの文字は様々な方向を向いている。右向き、左向き、斜め、引っくり返し、等々。

つまり学習者は通常と異なる向きの単語を「読む」ことになるのである。しかし本当に「読む」ことができるのだろうか。もちろんできない。一文字一文字を認識して読むのではなく、大まかな文字の形とか、単語全体としてのスペリングのシルエットなどを瞬間的に頭の中で方向転換して認識して、そのカードに手をのばす競争をするのだ。

カルタだから表面的には楽しい。一文字一文字をきちんと認識してそれを瞬時に音声化し、語彙認識できる母語話者であれば、問題はない。しかし問題は、文字認識もまだすばやくできないし、文字をひとつひとつ認識してそれを音声化するという過程が自動化していないどころか、文字をひとつひとつ認識して音声化するという行為自体をしないことの多い、日本人英語学習者の初心者がそれをやって、どういう意味があるのか、ということだ。

考えなしのフラッシュカードの flash行為によって、英語を学習しはじめて何年たっても、大学生になっても、英単語の文字を読むということができない、というか、単語は全体として「〜」という発音なのであるから、辞書を引いたり、先生に教えてもらわないと、知らない単語は自力では読めないと誤解している学習者が作り出されている。

そういう「文字を音声化する能力を育てない」フラッシュカード使用と、まったく同じ発想でなされているのが、この「単語スペリングカルタ」なのではないか、と思う。

皮相的な「楽しさ」を求めるのはほどほどとし、学習者が自力で単語を「読める」ようになるための地道な方策を探し求めることが肝要であろう。

11/16/2017

あさましきもの ズルズルハラスメント

教員控室にて

昼休みでもなきを

背後より

ズルズル〜ズルズル〜

とスラーピング・ノイズのきたる

すわ何事かとおどろきてふりかへれば

醜き中年男の

一心不乱にカップラーメンをすすりたる

いとあさましき

スラーピング・ハラスメントなり

しかも足元をみやらば

あろうことか靴をぬぎ、

椅子にあぐらをかきたる

はなはだきもちあし

ここはお前のうちの居間ならず

恥を知るべし


11/12/2017

人を見て法を説け

Moron . . .


欠席の理由としての「寝坊しました」考

以前から気になっていたことひとつ。。

授業に遅刻・欠席するときにメールしてくるのは良いことなのですが、その理由に

「寝坊したので。。」

と書くのはいかがなものか、と。その人を今後も教えようというこちらのモチベーションがガクッと下がります。

授業があるとわかっていて、夜更かしをするなんて、授業のことをあまり重要視していないのかな、と思ってしまうからです。

だいたい「ねぼー」というのは、幼児語っぽいでしょ。いい大人が書く言葉ではありません。

まず表現ですが、

「朝、寝過ごしてしまいました」

にしてはどうでしょうか。 で、嘘でも

「前の晩、遅くまで課題をやっていて」

とでも理由をつければ、だいぶ印象も違います。

まさか前の晩飲みすぎて、とかじゃないと信じたいところです。

あるいは、嘘も方便で、いっそのこと「体調が悪くて」としてしまうのも、大人の方略としてはアリか、と。

どうするかは任せますが、「寝坊」と書くのだけはやめて欲しいです。

11/10/2017

11月16日ワークショップ 【フィンランドの教育の成功から学ぶ】

どなたでも参加できます。ぜひお運びください。


子どもたちからヒゲとボーズにお礼をいただきました!

先日お邪魔してドレミを歌う練習をしてきた守口市さつき学園小学校の子どもたちが、ヒゲ先生こと私とボーズ先生こと淡路先生あてに、きれいな色厚紙をつかった心のこもった手書きのお礼カードを送ってくれました。みんなありがとうね~! ますます上手になってください。




11/09/2017

Lはグ〜っと。

また実施している Top of the World を題材とした、音声ファイル提出に対するフィードバックのメールの一部:

expLanation がダメなひとが目立ちます。 
Lも日本語のラ行も、舌先が歯茎につきます。しかし、Lは「側音」といって、舌先の横が開いていないとLになりません。そのためには、何度も言っていますが、Lにおける舌先の歯茎へのコンタクトは、ラ行音の何倍も「時間が長い」ものです。 
「ぐ〜ッとつけろ!」と何度も言っているのはそういう意味もあります。
チョロっとつけるのではなく、長く、ぐ〜ッとつけないと、Lになりません。L自体の時間を長く。 
LLLLooking
expLLLLLanaition
LLLLove

11/06/2017

集団グルグルに最強の武器:iPads

今日は淡路先生と大阪府守口市のさつき学園に出張り、80名弱の小学5年生を相手に ドレミの歌を教えてきました。場所はもちろん体育館。研究のための音声データ収集という目的もあります。

前回、高島5小のときと違い、学生アシスタントはいなかったかわりに、あらかじめ学生がそれぞれの音を顔アップで歌っている映像を仕込み、それをiPad約40台に入れました。我々もiPad Miniは4台持参したのですが、それが不要なほどさつき学園側にiPadがあり、大助かり。

淡路先生とふたりで約40分ほど一斉練習をしたあとに、いよいよグルグルの開始。グルグルの判定は我々2名プラスさつき学園側の先生方3名。体育館の壁5箇所に歌詞を大きく貼ってそこに立って児童が来るのを待ちます。片手には合格したときに押すスタンプ。

児童は、二人ペアになり、iPadを何度か見て練習して、よしっとなったら我々のどこかに来て判定にチャレンジする、というシステム。



全体の時間が105分もらえたので、グルグルにも十分な時間がとれ、最終的にはほとんどの児童がすべての音に合格スタンプをゲットできました。ぜんぶの音にスタンプが押された児童は、別の先生のところに回ってさらに、ダブルでスタンプを貰います。やはりスタンプはなかなかインセンティブになるようです。

今回の感想:

その(1) ペアにしたのは良かった。うまくいかないパートナーを一所懸命コーチする姿も見られました。グルグルのハードルを下げるためにも良かったかも。慣れてきてあまりバラバラの場合には、私は「ひとりずつ歌ってみて」といって、ひとりひとりスタンプを押したりもしましたが。

その(2) やはりまだきちんと文字を読んでいるわけではないので、どうしても長くなるとしんどい。Tea, a drink with jam and bread が最難関。 文字と音の結びつきを指導するのは大切。

そしてその(3) iPadグレート! これだけの台数があって二人で参照できるとなると、かなりの支援となります。淡路先生とふたりでいかに40分頑張っても、最初の一斉指導での定着には限界があります。絶対忘れるし。その時、手元のiPadのなかで、大学生のお姉さんが口元を大きく見せながら笑顔でわかりやすく歌っている映像を何度も好きなだけ参照できるのは大きい。映像モデルになってくれた二人にも感謝。

終了したあとに嬉しそうにドレミを歌いながら引き上げていった児童たちが印象的でした。



さあ明日はまた自分の大学で歌グルグルです。大学生の場合はわざわざiPadをこちらが渡さなくとも、全員スマホを持っているので、その場でYouTubeを参照させています。一斉で練習し、あとは個別練習させるときに音源補助がある、というシステムは今日のと共通ですね、考えてみれば。







11/04/2017

出場者のみなさんへ(スピーチコンテスト最後のご挨拶)

Contestants, standing here in the spotlight is not something allowed for anyone. Those who have not been awarded must be feeling down, but you don't need to.

Be reminded that you are here today because you have been selected from among 70 plus applicants. Please be proud. I am pleased to say that the level of this year’s contest was very high by any standard.

Speeches can be informative, persuasive, inspirational, and empowering.

Today we were informed of what to and what not to expect in toilets in foreign countries, how to make teachers believe that you are an active student, and how to start a new romantic relationship.

We were persuaded not to pre-judge customs and practices in other cultures, and rather to reconsider our own accepted and familiar practice of saying as few things as possible to strangers in stations and stores.

And we were inspired about how better to live by not comparing ourselves to others, by sticking to your guns, but at the same time by being brave enough to change your course.

Of all these messages, I was particularly impressed by the ones that alarmed us of ethnocentrism and emphasized the importance of diversity and inclusiveness.

That is because we are living in an age of ethnocentrism, in an age of nationalism and it is a sad truth that we, Japanese, as a nation, have a tendency to be ethnocentric and Japano-supremacist. 

So it is quite timely and appropriate that many speeches today addressed that issue.

I know how hard you worked in coming up with your ideas, organizing them and reorganizing them so they can be most effectively conveyed to the audience,
drafting, which is always a hard, time-consuming task when you are doing it in a second language, and practicing oral delivery again, again, and again.

I’m convinced that the process that you have gone through since the day you decided to take up the challenge of entering this contest -- that process has made you grow up to be stronger, more mature, and more confident both as an English user and as a human being.

Let me praise you and congratulate you once again for that. Thank you very much.



11/03/2017

スピーチコンテスト、心地よい疲れで終わりました

今年は今までと比べても最高レベルのコンテストでした。

高校生は高校生なりに、大学生は大学生らしく精一杯頑張ってくれました。参加してくださった高校生のみなさん、引率の先生方、ありがとうございました。高校生には大きく分けて2つのパターンがありました。

内容は聞くに値するものがありながら、LとかTHとかの細かい分節音ができていないといいうパターンと、英語は達者でうまく音的には完璧に近いのだが、聞いている聴衆にメッセージが本当に届いているかどうかにはいまひとつ関心がないように私には見える、具体的には最初から最後まで早口で、キーワードでさえも焦点化しようとしない、というパターンがありました。

どちらも惜しいな、と思いました。

思いつきですが、来年のコンテストからは、本選出場が決まった高校生には我々が一回音声面に関してフィードバックをし、それふまえて出場してもらうのも良いかもしれません。来年にむけて検討します。

手前味噌ですが、大学生は一人残らず、良かったと思います。観戦してくださったある高校の引率の先生から情報ですが、聴衆の高校生が、「大学生のほうがわかりやすいです。」と言っていたそうです。

その通りだと思います。事前指導でとにかく強調したのは、「聞いている人に『メッセージ』『意味』と届けると思え。そう思えば、しっかり焦点として発音せねばならない部分はどこなのか、自ずとわかってくる。ペラペラ早口で喋るな。とくに最初のパラグラフでは、文と文の間に、勇気をもって「間」をとれ。」ということでした。

たとえ英語のスピーチコンテストであっても、ほとんどの観客にとって英語が外国語である、という状況で、ネイティブスピーカーにだけわかればよい、という姿勢でのスピーチには私は疑問を感じます。私のベースが英語教員だから、とくにそう感じるのかもしれませんが。

テンパりながらも、大学生たちはこのアドバイスをまずます意識したパフォーマンスができたのではないか、と思います。

いずれにしても、この3ヶ月、淡路先生と力をあわせて学生の指導に力を傾注しました。しばらく「スピコン・ロス」に見舞われそうです。こういうロスを感じる機会・環境に恵まれている大学教員は、まずなかなかいないと思われます。




11/02/2017

決戦は金曜日

もうやり尽くしたので、あとは学生を信じて、見守るのみ。

10/27/2017

英語スピーチコンテスト行います

どうぞお運びください。


スピーチはペラペラ話すな

スピーチコンテスト出場者各位

同じテンポでペラペラ話すのではなく、緩急が大切です。

ここぞ、という部分では、とくにゆっくり一語一語区切って発音したり、大切なことを言う直前には「間」をとって、ため、一瞬聴衆に考えさせたり、というのが必要です。

あなたは何十回も唱えているスピーチも、聴衆は初めて聞くのです。言っている内容が、ひとりひとりに理解されているかな、ということをモニターしながら話そうとすれば、自然と、テンポも調整されるのです。

あらかじめ暗記している内容を高速でぶちまけるのでなく、その場にいるひとたちに、その場で「語りかける」つもりが大切です。

英語教員志望者対象特別講演会、開催しました

セバスこと、小林翔先生をお招きし、特別講演会を開催しました。

以下、大東文化大学のHPから引用:

http://www.daito.ac.jp/education/foreign_languages/department/english/news/details_23723.html
2017年度の英語教員志望者対象特別講演会は、東京都立白鷗高等学校・附属中学校の小林翔先生をお招きし、「『趣味は授業。夢は日本一の英語教師を養成すること』に魅せられて」と題して講演していただきました。 
小林先生が母校の関西大学大学院で本学科の靜教授から刺激を受けて以来、ご自身で温め膨らませてきた現場で活用できるアイデアの数々をふんだんに盛り込んだ参加型のワークショップで、参加学生たちは、小林先生の玉手箱から次々と出てくる活動の数々に実際に取り組みながら、生徒を積極的に動かしながら活動を進める方法を体験していました。後半では、小林先生の実際の授業映像を交えながら、教室でどのような活動を行っているかもご紹介いただきました。 
最後に、学生たちからはさまざまな質問が出され、小林先生にアドバイスをいただきました。学生たちは小林先生の「現場マインド」と熱い思いを受け、教職を目指す気持ちもさらに高まったと感じました。


40名ほどの学生たちは真剣に参加し、最後に出された質問はどれも的をはずさないもので、我々の普段の努力も実を結んでいるな、と感じられ、大変うれしく感じました。

------- 以下ポスターから  -----

「趣味は授業。夢は日本一の英語教師を養成すること」に魅せられて
   東京都立白鴎高等学校主任教諭
   小林翔 先生
概要
私が日本一の英語教師を目指そうと思ったきっかけは1冊の本「英語授業の大技・小技」である。ここからアイデアを盗み、アレンジし、新たなアイデアを創造してきた。少しずつ見えてきた答えの1つが「生徒からのフィードバックが授業改善にはとても役に立つ」ということである。宿題をしない、遅刻する、取り組まない、寝ている、これらは全て教師の責任である。
「樽いっぱいのワインにスプーンいっぱいの汚水を注ぐとそれは樽いっぱいの汚水になる」という言葉があるが、たった一言でも「自分の生徒はできない」など否定的な言葉を発してしまえば、たちまち教室の空気は悪くなる。
今日もとても楽しく授業ができたと感じる。授業終了のチャイムと同時に、「え、もう終わり?」の声が鳴り響く。笑顔で始まり笑顔で終わる授業。毎日このような体験をしていたら、「趣味は授業、夢は日本一の英語教師」と言えるのではないか。

-->
本講演では、授業の映像や指導例を紹介しながら実際に体験してもらうワークショップ形式のため、汗を拭くハンカチをお忘れなく。

10/25/2017

シュワの習得のための、母音字省略の試み

最近は指導の力点のひとつを、シュワの習得にしている。

以前は、ターゲット文のすべてのシュワの母音字をハイライトして表示し、注意喚起したこともあったのだが、自分で見ても学生から見ても、「あいまいに弱く言う」べきところが、真っ黄色にハイライトしてある、というのがどうも counter-intuitive で、発音しにくかった。

では、というので、今度はシュワの母音字のフォントの色を薄いグレーなどにしてみた。これはそれなりに良いのだが、そうするのが結構面倒くさい。コスパが悪い。

で今はいくつかの海外発音指導書からヒントを得て、その母音字を削除してアポストロフィを入れる、というのを始めた。

これは結構いけるような気がする。

memory を mem'ry

pronuciation を pr'nunciation

などとするのである。(tionもシュワだが、ロングエスにあたる部分の文字列がどうもぴたりと同定できないのでこのまま。)

学生に出した音読課題文も今回は、シュワの目安として、次のような表記にした。さて、効果はあるかな。

Drawing a map’f the world is a task th't requires a good mem'ry.
One comm'n error is the tend'ncy to make the home contin'nt too large.
F'r example, a Br'zilian tends to enlarge the contin'nt of South America.

10/22/2017

発音の研修、させていただきます。

今回、特定の授業の特定の授業者を取り上げているのは、状況としてそうせざるを得ないからであって、授業者個人を攻撃する意図はありません。罪を憎んで人を憎まずと言いますが、公教育の現場であの英語で授業が行われている、いや正確に言えば、あの日に行われたという事実(そしてその録画が「優れた授業」としてネットで繰り返し視聴されている)自体を問題にしているのであり、面識もない授業者個人を批判したいわけではありません。

こんかい取り上げている授業者にしても、音声の質は低いですが、おそらく同じ程度に質の低い英語を使っている英語教師は、残念ながら全国には大勢いるのだろうと考えています。

当然、それらについて逐一論評することはできませんし、その必要もありません。

ではなぜ今回特定の授業をとりあげて結果的に授業者が特定できる形で、こうして公に論評するに至ったかといえば、

(1)当事者側が公開しているYouTubeに学校名と科目名と担当者名を公表しているからであり、また

(2)公の機関である大分県教育庁が、これが「すぐれた授業」であるとしてPRしているように解釈される

からです。

大分県には国立大学の教育学部があり、地域の教員養成および公教育の質の向上、授業の改善に責任を持って取り組まれていると推察します。この「チャンネル」には県内外の多くの方々が関わっているのだろうと推察しますが、英語授業に関してどなたがどのように関わっているのかを知る由もありません。

しかし結果的になんらかの事情で、大分県の現有の体制では、英語音声の質が担保されない授業を世の中に送り出さざるをえないのであれば、私に改善のお手伝いをさせてください。

依頼をいただければ、できるかぎり都合をつけて出張し、対面で教員のご指導、研修をさせていただきます。向上心さえある受講者であれば、効果は保証いたします。

一人の教員の英語音声の質が向上すれば、県内の、その数百倍の数の生徒たちに益があることは改めて指摘するまでもありません。

連絡をお待ちいたします。






「王様は裸だ」と言えない業界の深い闇

べつに今回だけが特殊な事例ではない。

そもそも英語教育研究大会でも、研究授業の後の協議でも、英語教員のあつまる研究会でも、教員の英語(とくに音声面)の質が問題とされることはほぼ皆無である。しかし現実には音声面に問題のある発表(公開授業含み)は決してめずらしくない。

英語でなされているなんらかの会を司っているそのMC(当然、英語教員である)の英語、質問する者(当然、英語教員である)の英語の音声面に問題がないことのほうが、むしろ少ないのである。

そういう場面に遭遇した時に、あなたの英語はダメですよ、そんな英語じゃ生徒が可愛そうですよ、そんな英語を教えて対価に給与を得ているのですか、それと知らせず不良品を売っているような行為と同じではないでしょうか、というようなことは言えない雰囲気というか、言ってはならないという不文律があること自体に、根源的な問題があると私は考えている。

そこには教育者の集団としての矜持が、良心が、誠実さが、感じられない。

そんな集団は、職業集団として、腐っているのではないか。

業界として自浄作用がないといえるのではないか。

授業の組み立てがどうの、運びがどうの、教え方がどうの、などという高級なことを言う以前に、英語自体の質が水準以下の教員がいたら、同じ業界人の職業的、倫理的義務として、大変失礼ですけれども、あなたの英語は水準以下です、と指摘すべきである。

言いにくいことを申し上げますが、あなたの生徒のために、ぜひ水準以下でなくなってください。その水準以下の英語で教壇に立ち続けるのは、倫理的な意味での「犯罪」です。あなたの生徒にももちろん罪ですし、「日本の英語教員」の評価・評判・名誉をおとしめる、われわれの profession 全体にとっても大きな迷惑です。

そういうことを言い合って、全体としての品質を保とう、高めようとする体質がないのは、消費者たる生徒に対する背信行為だ。

そういうチェック機能がないから、われわれの profession の全体レベルはいつまでも変わらず、いつまでも低いままなのではないだろうか。

そういうことに向き合わず、毎年、手間と暇と金をかけて「行う」ことが自目的化しているような「イベント」として、◯◯英語教育研究大会などを、各県持ち回りで実施しても、なんの意味もない。

そういう腐った業界の流れに竿をさして、公開された授業の質の低さを指摘する whisltle blower 的な存在こそが、何よりも貴重なのだ。

そういう貴重な良心の告発者を、権力をかさにきて恫喝するようなことは、ゆめゆめあってはなるまい。それは、先般の加計学園問題にからんだ、義家文科副大臣の、国家公務員法(守秘義務違反)での告発云々、という発言にも一脈通ずる発想である。


10/20/2017

大分県教育庁チャンネル英語授業についての論評 その(1) 信じがたいほどに質の低い発音

大東文化大学
英語教員養成担当
靜 哲人

YouTubeに公開されている以下の授業の、担当者の英語発音について論評する。



はじめに

ことさらに、一高校の一英語教師を取り上げて、このように公開で批判するのはいかがなものか、大人げないのではないか、という気持ちはある。

しかし、これは授業をした側(大分県公立学校および教育庁)が自らYouTubeに公開した映像であり、かつ県立高校の授業であり、教師は公務員である。そしてこの授業の発信もとの官庁である大分教育庁が、キャプションで、

学力向上支援教員・指導教諭らによる優れた授業をノーカットでお届けする「シリーズ授業まるごと!」

として、この授業を endorse している、となると、日本の英語教育の質の向上という公益を願うものとして、看過できない。

このように、公開の場で、明示的に批判し、その問題点を指摘することは、公益にかなうものであり、価値があり、適切であると判断し、ここに意見を公開する。



意見(結論):

この授業担当者の発音は、あまりにも不適切であり、その1点だけで、「優れた授業」とはとてもいい難い。授業の内容や運びがどうであっても、それをすべて帳消しにするほどの、質の低い発音であり、英語教員であるとは信じたくないほどのレベルである。

英語教員レベルを基準として発音を評価するならば、ABCDで間違いなくD、100点法であれば30点程度である。およそすべての音が日本語の音素であり、母音も子音も、英語音素はほとんど聞こえない。すなわちほぼカタカナそのままで「英語」による「英語」の授業を行っている。

英語教員を養成している立場として、この授業を見て「優れている」と感じるような学生を絶対に育ててはならないし、世の中の英語教師にも、この授業をみて「優れている」とおもって欲しくないと心から願う。

幸い、私の教えている学生、過去に教えた学生、私の知っている現職教師には、この授業を見て、発音の質の低さに唖然とし、憤りを感じる者はいても、「優れている」などと感じる者は皆無だろうと思われる。ただ残念ながら世の中には発音を軽視している英語教師は多いので、この公開授業がそれらの発音べたな教師たちに、「あれでもいいのだ」と、一種の免罪符というかお墨付きになってしまうことを危惧するものである。

また、この授業は2014年に公開されているが、もし現在も、同授業者がこのレベルの英語発音で授業を続けているとするならば、担当してる生徒たちに質の悪い英語発音を毎日のように浴びせているということであり、公教育の現場として極めて望ましくない状況である。その後、精進され、今はほとんどカタカナ発音での授業はしていないことを願うのみである。

また、大分県教育庁のご担当者においては、ここで指摘したこの授業の問題点を認識され、すくなくとも、これが「すぐれた授業である」という形での YouTubeでの公開は、日本の英語教育の質の向上という公益に鑑みて、一日も早く中止されることを強く望むものである。


エビデンス(各論):

以下、最初の4分間のなかで、特に不適切である箇所をリストにした。実際に確認していただきたい:

0:47 あたり(以下全て同様)
At first のつもりで、At farst と言っている。発音もカタカナだし、しかもここは「まず」という意味なので、At first は英語として不適切。正しくは、First と言うべきだった。

0:49
ask you to change your way of thinking sinking と言っている

from Japanese to English で、Japaneseは、ジャパnese と日本語の母音。EnglishEngrishとLがR

というよりも、ほとんどが単にカタカナで発音している。

0:54
So, all stand up please.は、映像がなければなんと言っている聞き取れないほど不明瞭な英語。standaupuも同じ母音。pleaseは完全な日本語。ひとつひとつの音を音声学的に描写するのも面倒になるくらい、ようするに、すべて日本語の音素を使って英語を話している。

0:57
So pase take out ザ 音読 sheet . 

1:06
the first paragraph ザファースパラグラフ このあたりまったくカタカナ発音で、英語教師とは思えない。

2:10
OKサードパラグラフ

2:35
OK フォースパラグラフ まったくのカタカナ発音。

3:02
Sit down プリーズ

3:11
Let me exprain today’s project ,.. Lの音がまったくできない。おそらく発音しようという意識もない。

3:17
・テンプラチャー・アラウンざわーるd is..

ほんとうに、それこそ、これぞ「ザ・カタカナ英語」だ、というほどのカタカナ英語。

3:22
emission エミッション  schwaがない  典型的なカタカナ発音。

3:45あたり
question クエッション・クエスチョン   ションとかチョンとか言ってはいけない。schwaを使うべき。

3:46
If there were only two countries  完全にカタカナで イフ ゼアワ~

3:51あたり
developed / developing countries 完全にカタカナ発音で、デベロップ デベロッピング

3:53
So in that case が、in ザット case…

3:55
CO2を、she oh tsoo と言った。

これ以上は見ても、無駄に辛く・不快になるだけであり、ここまでで充分な発音サンプルを検証したと判断されたので、ここで視聴終了。

以上


10/18/2017

ゴジラ と Godzilla

ゴジラはアメリカに輸出され、Godzilla になった。

















dzだから破擦音である。 ガッヅィラ だ。

日本の「ゴジラ」に最も近い発音を英語つづりで表すなら、

Gojilla

だろうか。L/R は無視。 しかし、jだからやはり破擦音なので、正しくは、ゴジラではなく、ゴヂラだろう。破擦音の強調で、

Godgilla としてもいいか。

もしつづりが

Gozilla

なら ガズィLa だ。zだから摩擦音である。

この3(4)種類の「ゴジラ」のつづり:

Godzilla
Gojilla / Gidgilla
Gozilla

を、スペリングは音を表す、という話のときに例に出している。






10/13/2017

千葉県、さらにもう一人合格報告来ました〜!

彼女はまず間違いないとは思ってましたが、良かったです。
嬉しいなぁ!

倒錯的発想としての名誉毀損認識

自分の授業をYouTubeで公開する。それは不特定多数の閲覧者に自分をさらすということである。

閲覧者のみかたは必ず、様々だ。ポジティブなものもあればネガティブなものもある。

しかるに、ネガティブなコメントをネットにアップされると、「名誉毀損」だというのは、いかがなものか。

さまざまな見方やコメントの対象になるのが嫌ならば、そもそもネットに授業公開などすべきではないのではないか。

「いいね!」だけしかつけてはならない、とでも言うのだろうか。発想が幼くないか。

質が低いものは質が低いのである。

デンタルのTH音であるべきところで舌先が前歯についていないことが客観的な事実・真実であることの証明は容易い。接近音であるRであるべきところ、舌先が歯茎に接触してたたき音になっていることは、客観的な事実・真実であり、音響音声学的な手法を用いて証明される。

そして、そういう音をだす英語教員は、質が低い。私の考えでは、給与をもらって教壇にたち、生徒の前で英語を口から出すための、必要条件を満たしていない。

法律論はともかく、そもそも質の低いものに「名誉」があってはいけない。評判は悪くなければいけない。その評判が悪くないならば、消費者が騙されている。

そんな生産者・製造者の「名誉」云々よりも、現実に、質の低い商品を毎日それと知らずに消費させられている生徒たちの、まともな商品を享受する権利を回復することこそが、喫緊の課題であり、「公共の利害に関する」事柄である。

なんといっても税金を用いた公教育の現場なのである。

その商品の質の低さを公に指摘することは、かつて『暮しの手帖』がおこなっていた、有害な、危険な、欠陥のある商品の公表と、本質的に同じことであり、「もっぱら公益を図る目的」のためになされていることである。

ネットに公開された公立学校の授業は公務員の公務執行の様子である。公務員であるならば、その公務執行の様子について国民から質の低さを指摘されたならば、謙虚に受け止め、改善することを考えよ。

質の低さをありがたくも指摘していただいた商品の質はその後、改善されたのだろうか?

向いている方向が違う。自分の生徒のほうを向け。生徒のためのベター、ベストを考え るべきだ。

自分のメンツや保身しか考えられないなら、もうそれは「教師」ではない。

10/12/2017

千葉県もふたり受かりました!

やりましたね〜!! おめでとう!!

今秋は誠に豊作である。


こんなところに! 英語教室Andy

おお! 足立君! 

これは私には初めてのパタンです。かつての教え子が、英語教室を始めているのを、ネットで発見しました。

英語教室Andy

https://englishschool-andy.jimdo.com/

代表・講師の 足立 鋼治 君は、関西大学大学院での私の教え子です。という言い方はおこがましいかもしれませんね。私の外国語教授方法論を履修してくれていた中で、ピカイチの実力の持ち主でした。英語自体も、英語の教え方も。Andyは彼の愛称です。

その彼が中学校の教諭を経て、今年の5月に自分の城をオープンしたということですね。教室の説明にはこうあります。

身につく3つの力
  • 正しい発音に矯正して、正しく話せる&聞ける力をつける!
  • 「話す」「読む」「書く」「聞く」「考える」の5技能が身につく!
  • 一人ひとりにあった効果的な学習法を伝授!
いいですねぇ。

Andy足立君は、ネイティブと変わらない発音と、抜群の英語運用技能を持ち、かつ大学院レベルの言語教授理論にも精通した、英語を教えるプロです。

「英語教室Andyの先生は、「英語ができる先生」ではなく「英語を教えるプロ」です。私たちはみんな日本語を話せますが、必ずしも外国人に日本語を上手に英語を教えられるわけではありませんよね。「英語が得意」「英語が母国語」という先生はよくいますが、実は英語の教え方について専門的に学んできた人は少ないのです。英語教室Andyの先生は、ネイティブに劣らぬ確かな英語力に加え、英語の効果的な教授法について大学院で専門的に学び、小中学校の現場で教諭として教えてきた「教えるプロ」です。」

という彼の自己紹介は、まったくその通りだと思います。

静岡県島田市のみなさん! 英語なら英語教室Andyだと思います。塾より、予備校より、会話学校より、本質的な、4技能バランスのとれた英語力プラス思考力を養成できる、骨太の英語学習スペースだと思います。

私自身は教室を覗いたわけではありませんが、私の知っている足立鋼治君なら、絶対に間違いありません。会話に偏らず、テスト対策に偏らず、英語指導の王道を謳ってくれているのが何より私は嬉しいです。

足立君、教室開設、おめでとう! 多くの生徒さんを幸せに導いてやってください。




10/11/2017

スピーチコンテストを審査して 2017

今年も中学生のスピーチコンテストの県大会の審査をさせていただいた。

会場の開場前に外で、それぞれの出場生徒を囲んで指導の先生とALTが最後のアドバイスをしながら最後の練習に余念がない様子を横目で見ながら、「しっかりとジャッジしなければ . . .」という責任を痛感しながら会場入り。

どの生徒も(指導の先生も)、構想からドラフト執筆、添削、改訂、練習、フィードバックという気の遠くなるような時間と努力を経て、この県大会に至っている。そういう努力の集大成を見せていただくというdutyを毎年頂いているのは本当にありがたく、しあわせなことである。

スピーチコンテストの審査で、最後は内容の(トピックの選択、その論理的な展開、論の深め方、聴衆に対するrelevanceなど)勝負になるのは当然である。その段階では英語的には甲乙つけがたいからそうならざるを得ない。しかしそこにいたるスクリーニングの段階では、「英語」スピーチコンテストである以上、英語の勝負になるのもまた当然といえる。

そして即興でないpreparedスピーチの宿命で、そのスクリプトには生徒本人の力を超えて、すでに指導者の力も200%加えられており、英文の誤りや不適切さは皆無と考えて良い。そこに残るのは音声の質のバラつきである。

スピーチコンテストの県大会のレベルであるので、/ r / や THができないケースは、私個人は pronunciation に関しては最低点をつける。つぎは / l / ができないケースである。真剣にスピーチを聞いているものにとって、flight が fright になったり、free が flea になったり English が Engrish になったりすると本当に「ズッコケル」のである。せっかくの内容に集中できなくなってしまうのだ。

L/Rの使い分けは、指導の先生にはなんとしても「命をかけて」指導していただきたい部分である。とくにそのスピーチのキーワードにL/Rが含まれていて、その誤りを連呼するようでは致命傷だ。

午後の決勝に進む生徒の中にはそのレベルの発音ミスはなくなる。しかし決勝レベルになってもまだまだあるのが、(語頭、語中、語末の)破擦音の問題だ。今回たまたま、かなりの人数の出場者が、 Imagine. という命令文をつかっていたが、gが破擦音として言えていた生徒はひとりもいない。Japanese の Jも、摩擦音で発音している場合がほとんどだ。large や huge や page などの語末環境でも放っておくと生徒は破擦音でなく摩擦音を使う。ネイティブであるALTは違和感を感じているはずなので、そこまでは無理だろうと最初からあきらめずに指導していただきたい。指導すれば必ずできるようになる。

音声面の評価は、まずまず一次元的にできるので比較的 straightforward だが、内容つまりcontent の比較は本当に難しい。グローバルイッシューが、ご近所イッシューよりも評価が高いとは限らないし、また低いとは限らない。emotionalにならざるをえないトピックの選択も、rational  にならざるを得ないトピックの選択も、どちらも by and of itself としては一概にはプラスであるともマイナスであるとも言えないだろう。

しかし、結果としての評価と連動したともしなかったとも言えないが、審査しながらもおもわず私個人が emotional にならざるを得なかったスピーチが確かに存在した。また審査を離れて、純粋に聞くのを楽しめた、これを聞く機会があってよかった、と思わせてくれるスピーチも確かに存在した。

いずれにせよ、今回は例年にも増して、聞いていて楽しくなるスピーチが多かった。一部の生徒の声色の使い分けや表情の豊かさに、純粋に魅了された。

入賞し、全国大会に進む皆さんには、ぜひ上にあげた破擦音までマスターし、母音弱化をマスターし、プロソディに磨きをかけ、さらに英語らしい英語で、聴衆を魅了されることを望みます。頑張ってください。

10/10/2017

スピーチコンテストまで

11月3日までは、またしばらく、毎年恒例の、スピーチコンテスト出場者の特訓に心血を注ぐ日々が続きます。

再開したウェイト、始めた岩登り

最近再開したこと: マシンおよびフリーウェイトによるウェイトトレーニング

最近はじめたこと: ボルダリング


埼玉県の小学校、中学校、高等学校にも合格しました!

昨年以上の豊作だ。

10/04/2017

群馬の星、合格しました!

あれだけやったんだから、合格しかないとは思ったけれど、良かったです。

9/29/2017

さいたま市 受かりました!

あれから3ヶ月 . . . いやぁ良かった。

9/20/2017

平均年齢83歳に Let It Be を教えた!

といっても、教えたのは私ではなく、私の「教え子」です。教え子と言っても私などよりマチュアな方で、小学校教諭を定年退職された後、今は同年代以上で英語にあまり縁がなかった方々に地域の集会場のような所で英語の歌を教える「シニア歌会」を運営していらっしゃいます。

小学校の先生ですからもともとピアノ伴奏や歌はお手のものですし、児童に対する英語の指導もずっと以前から実践していて、大学院で私の授業をとったことによって、さらにブラッシュアップされたと思います。

その彼女が男性ボーカリストとユニットを組んで敬老の日に慰問としてホームに行き、一時間のパフォーマンスの一部として、なんと Let It Be を教えた、というのが、上のタイトル。以下、ご本人の了解を得て、メールの一部を紹介します:


Let It Be だけホームのみなさんに歌っていただくために、概ね80代の方達相手に L の指導。 
「今誤嚥性肺炎が問題になってますが、舌の体操や口の周りの筋肉を鍛えるのは大切、英語は普段使わない舌の動きをするのでいいですよ~」といって、前歯の裏に舌を押し付けて Lぅ~~ 
比較的元気な入居者が多かったのですが、30名近い方が一斉に、Let It Be . 
個人にマイク向けてもちゃんと応えてくれて感動しました。
おお、お年寄りたちが Let It Beを歌っている情景を想像するといいですね。確かに使わない口内筋肉を鍛えるのは誤嚥性肺炎の予防にいいかも。

少し話がはずれますが、10年ほど前、アイルランドでワーキングホリデー中の次女を訪ねて、コークからダブリン行きの列車の切符を買おうとしたら、駅員が、カードを持ってるならそこのコンピュータから予約すると安い、とすぐそばのコンピュータを指差しました。 
それが半端な割引じゃなくて、ほとんど窓口で買う料金の半額だったんです。英語ができて、コンピュータが使えて、カードが持てる人間は、そうじゃない人間の半額の値段で列車に乗れる。アイルランドは移民も多いし、全ての人がパソコンを扱えるわけでもないのに、こんなことはおかしい、間違ってると思いましたが現実でした。 
帰ってから教室でこの話を子どもたちにしました。自分は、里山にこもって、土地を耕して一生外国に行かないし英語を使わないというのは、それはそれで素晴らしいし立派な生き方だけど、自分でそれを選ぶ、というのとそれしかない、というのとは違う。なんになるかわからないから、可能性は広げおけ、と言いました。 

人生の選択肢を広げるために、英語はやる価値がある。説得力がありますね。

小学校で本格的に英語教育が始まるにあたって、いわゆるリベラルといわれる知識人のなかにも、英語は全ての人が身につける必要はない、というのを聞くことがあります。英語は楽器や絵画とは違うと思うし、少なくとも現職の英語教師がこれを口にするのは許せない思いです 
もちろん、すべての人が通訳者や、音声学者になる必要はないというならわかります。でも、小学校3年から始めて、5年から教科として、4年間、中学校で3年間、高校で3年間。まともな英語教育が、10年間行われて、全員2級レベルがそんなに難しいことでしょうか。目標がそこに置かれたなら、全員そのレベルに達するように奮闘するのが、英語教師の仕事でしょう。 
それがその子に大きな意味をもたらすか、誤嚥性肺炎の予防程度に役に立つかはその人の人生であって、英語教師の仕事ではないと思います。小学校英語教科化を機にまともな英語教育が進みますように。 

実際に小学校で音声面を中心にしたかなりの英語教育を長年実践してきた彼女の「目標がそこに置かれたなら、全員がそのレベルに達するよう奮闘するのが、英語教師の仕事でしょう」という言葉に、現場教員としての私は強く共感するものがありましたので、ここで紹介させていただきました。

「シニア歌会」ますますの発展を祈っています。