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7/17/2018

祝:また一人、人間が増えました!

また一人、教え子のTOEICスコアが900を超えました。以前、「800なければ人でなし。900なければ金とるな」という標語を私が唱えていたのを覚えていて、「やっと人になりました!」と報告してきてくれたもの。よしよし、偉かったな。。



7/16/2018

埼玉朝鮮初中級学校に行って来ました

土曜日に、大宮駅そばの埼玉朝鮮初級中級学校を会場として開催された映画「60万回のトライ」の上映会&焼肉交流会に行って来ました。


この映画は大阪朝鮮高級学校(オオサカ・チョーコー)のラグビー部の数年間を、韓国人監督が追ったドキュメンタリーです。

上映会は教室を会場として行われました。懐かしい硬い学校椅子に座って、オオサカチョーコーの個性豊かな若者たちに感情移入しながらの、あっという間の2時間でした。

左が週の目標、右が月の目標、だとのことでした。

上映後は大東の教職課程センターの同僚である渡辺雅之氏を司会として、この映画を撮った監督お二人とのトークショーが繰り広げられました。残念ながらその日体調を崩していた私は途中で失礼してきましたが、とても興味深いインサイドストーリ−が語られていました。

渡辺さんと監督のお二人

当然焼肉交流会にも出席できずでしたが、また別の機会があればぜひ、と考えています。

焼肉交流会の準備中の校庭

北朝鮮の拉致問題は重大な人権侵害ですが、それより前に朝鮮民族全体に対してその何倍もの人権侵害を行った我が国がそれに対してきちんと謝罪・清算をしてきていないことを考え合わせると、前者の解決ばかりを言い立てるのはバランスを欠いています。

ましてや、我々の蛮行の遺産としてやむなく我が国に暮らすに至っている朝鮮人(←民族名である)の方々が、自らの民族の文化を守り伝えてゆく営みとしての、朝鮮学校の教育を、我々は支援するのが当然で、妨害するようなことは許されません。

北朝鮮との政治問題を理由に、この国で生まれ、この国で暮らす、すなわち日本の住民たる在日本朝鮮人の子どもたちを差別することは、不当なレイシズムです。

埼玉朝鮮初中級学校の体育館は、一見して、日本の公立中学校・小学校に比べて格段に貧弱で老朽化していることが見て取れ、財政的な窮状が察せられました。

日本で暮らす子どもの権利を守るという観点から、一日も早く、朝鮮学校に対する補助金支給が再開されことを、私は納税者として強く希望します。

下↓の有志の会の声明を私は全面的に支持します。

誰もが共に生きる埼玉県を目指し、埼玉朝鮮学校への補助金支給を求める有志の会 声明



7/07/2018

教師に向いていない人はどんな人

Q: 靜先生にとって、高校の先生をやっている時はエキサイティングでしたか?

おお。毎日 毎週 エキサイティングだった。これまで35年ずっと。

Q: そうなのですね。素晴らしい人生を送られていますね。靜先生が考える、教師に向いている人と向いていない人はどのような人ですか?

向いてる・向いてないっていうと、何か固定的な性格のように聞こえるけど、そんなことはなくて、人は変わると思う。徐々に教師になる、というか。

それを言ったうえで、過去に、こいつは向いていないというか教師じゃないと思った例だと、教師になったあとも、言うことも外見も「カッコつけ」が多く、泥臭さが感じられなかったやつ。「お前には教師の匂いがしない」とある時面と向かってはっきり言った。

後で聞くとその一言もきっかけになったらしく、彼はその後教職はやめて企業に行った。今はバリバリ活躍していると思う。

スマートな、きれいな、カッコいい仕事につきたいと思う奴は教師になれないと思う。泥臭く一所懸命にやって その結果が生徒に(いつか)現れる(かもしれない)のが嬉しいっていうのが最大の喜びなので。

ちなみに大学時代の私を知っている人は誰も私が教師になるとは思わなかったはず。

「え〜、あのシズカ君が先生?!」

カッコつけた超不真面目学生だったので。なんといっても、恥ずかしながら外大の校舎内の廊下をローラースケートで滑って(!)周囲から白い目で見られていたくらいなので。

でも就職して3年、5年とやっているうちに知らず知らず、徐々に「教師」になったね。良い先輩にも恵まれたので。

高校生の瞳の輝き、成蹊大学での講演、教え子の教え子

今日はダブルヘッダー。まず朝 9:20 集合で大宮駅からバスで30分の高校で、出張授業。いつもながら一期一会の高校生たちは愛しい。目の輝きに限りない将来が見えるような気がする。終了後、長蛇の列のバスに並び、満員立ちっぱなしで40分揺られて大宮駅に戻り昼食。疲れたのと腹も減ったのが相まってつい、天下一品こってりWネギ豚キムチプラスライス定食を注文。



ふと見ればまわりは野球部の高校生とかだらけである。食いすぎだ。。 腹ごしらえもできたので新宿に戻り、吉祥寺に。本日3度めのバスで成蹊大学に。お、正門わきに大きくポスターを貼ってもらっている。。



到着したときには阿部先生の講演が始まったところ。後ろの方で拝聴。


あのご著書から受ける攻撃的な感じはなく、ごくごくまっとうな、英語を習得するとはどういうことかについてのかなり本質的な話をされている、と私は聞いた。とくに、英語を読む(黙読)とはすなわち音声である、英語を読むとはすなわち「アクセント」である(この「アクセント」というのはおそらく文ストレスのことを指していると推測する)、読む、書くを本当に極めていけばそれがすなわちスピーキングを極めるにつながるのである、のあたりには我が意を得たり、の感があった。

私の講演は、入りは午前中の高校生相手のプレゼンのまったくの流用の音節とはなにか、から入り、要旨は以下の通り:

²  音節の単位は英語スピーキングにとって根本的に重要
²  音節数は、語がどう聞かれるかに大いに関係している(ステーキ大実験)
²  今の英語教育では音節感覚は話題になることはほとんどない
²  サザエさんと Yesterday の交換
²  Perfumeのレーザービームを題材に
²  英語の歌の歌詞の音節数=メロディの音符数
²  英語の歌が歌える=適切な音節数で歌詞を発音している
²  歌はメインの教材にもなりうる
²  単なる雰囲気作りや、リスニングの穴埋めを超えて
²  1回に1〜2行でもいいのでは
²  サビの部分だけでもいいのでは
²  同じ覚えるならヒット曲や好きな歌の一節を
²  選曲:教師が好きでアカペラで歌えるもの
²  選曲:語彙・文法・表現的に学習するに足る歌詞であるもの
²  選曲:そのまま歌詞を覚えよ、と言うに値するもの
²  選曲:ストーリー性があり、歌でなく朗読してもよいくらいのもの
²  選曲:スローよりアップテンポのもの
²  選曲:本年度使用している曲目
(1) 前期:You Belong with Me (Taylor Swift); Can’t Take My Eyes Off of You (Boys Town Gang); One Thing (One Direction); Do You Hear the People Sing? (映画『レ・ミゼラブル』より) ; Just the Way You Are (Bruno Mars); Dirty Work (Austin Mahone); Sk8er Boi (Avril Lavign); Let It Go (映画『Frozen』より)      
(2) 後期:Call Me Maybe (Carly Rae Jepsen) ; Loser Like Me (from Glee); Beauty and the Beast (映画『美女と野獣』より); Marry You (Bruno Mars); Shape of You (Ed Sheeran) ; Born This Way (Lady Gaga); Baby (Justin Bieber); All I Want for Christmas Is You (Mariah Carey) ; What Makes You Beautiful (One Direction)
²  「英語教育学入門A/B」の授業手順
1.      歌詞は事前に配布しておき、手書きしてこさせる
2.      まず音源を視聴(映像に歌詞を加える編集済み)
3.      教師が歌い方を一斉に指導
4.      グループで練習(スマートフォンでの音源確認を推奨)
5.      グルグル(4人ひとくみ)約1時間
6.      集計してシートを提出→これが評価データのすべて
²  判定:重要音素は厳しく、メロディ・音程は甘く、しかし音素と音符の対応(リズム)は厳格に
²  グルグル:一斉授業のなかでの個人指導・テスティングのシステム
²  グルグル:教師が特定学生の相手をしている時、他の学生は自分の練習をしている
²  グルグル:「もう来ちゃう」感を出す→ひとり5秒、一周2分、を目安に
²  グルグル:結果をかならず評価に組み込むこと


この日のために、苦労して最近の授業を編集しておいたのだが、う〜ん、動画とプロジェクターの相性というのはなかなか難しいものがあり、いくつかは再生できなかったのが残念。まあ夏の全国英語教育学会でもこの歌授業の発表をするので、その時こそ。

聴衆の中に、埼玉大での教え子の現職教員がふたり。中のひとりは、教え子(大学2年生)が教員志望なんです、というわけで同道してきていた。私から見ると孫弟子である。大学でグルグルで教えた学生が教師になり、彼にグルグルで教わった高校生が教師を目指している。。。 大変に嬉しいことである。

もう教師7年めのアリピー
「アリトピア」は築けたのかな?


6/23/2018

終戦直後の教育方針の転換と現在の学習指導要領

本日、教職課程センターの催しとして、「語り継ぐ戦争体験 ―教育の立場から考える人権と平和―」と題して、太平洋戦争を身をもって体験された、もうすぐ90歳になる小島民子さんのお話を伺う機会を得ましたが、150名近い参加者を得て盛況でした。

「可愛らしい」語り口と、ときどき予告なしに現れる残虐なエピソード(近所のお兄さんが、中国での大量虐殺を捉えた連続写真を自慢げに見せた、等)のギャップに翻弄されながらのあっというまの90分でした。

心に迫られた話はいくつもあったのですが、個人的に最も relateし、「あ、そうだ!」と思ったのが次:

それまで「天皇陛下が絶対だ」と教えていた校長が、敗戦の日を境に、手の平を返すように、「今日からは民主主義だ」と言い出した時、「どうしてそんなことができるのですか?」と問うた小島さんに校長が「昨日までは天皇陛下が、天皇陛下が絶対だ、とおっしゃっていたからそう教えていた。今日からは天皇陛下が、これからは民主主義だ、とおっしゃっているからそう教える。それだけだ。それをなんで小島さんが責任を感じる必要があるの?」と言い放った。

要は、内容はどうでもいいから、権威の言うことに従っていればいい、という自己思考停止処世術です。

これは現代の、ころころ変わる学習指導要領にとにかく従っていればいい、というポリシーとまさに軌を一にするものでしょう。英語はコミュニケーションだの、英語は英語で教えろだの、アクティブ・ラーニングでなければならぬだの、CEFRだの、ヨンギノーだの、と時々の流行語が変わるたびに、「こうでなければならぬ」と思ってしまうマインドセットとまさに同一。

その時々の文科省役人が何を言っても、生徒の英語力を伸ばすためにやるべきことは、30年たっても50年たっても変わらないし、変わるはずもない。

時々の為政者にくっついている役人がどう言っていようが、目の前の生徒に必要なことは、現場の自分が判断して決める。

そういう自信と気概と見識のある教師を私は育てたい、と強く思っています。

現場教師たるもの、誇りと実力と見識と反骨精神を持とうではありませんか! (という丁寧な語り口は志位委員長を見習いました。)



6/22/2018

複数形の語尾の有声・無声について:本気でタイガースだと思っているのか?

/s/や/z/その他で終わる以外、もし名詞語尾が有声なら複数形語尾は /z/だし、無声なら/s/である。

songsは /z/だし、tigersは/z/ だ。

が、こういう当たり前のことを誤解している学生が少なからずいる、ということに最近気付かされ、ちょっと愕然とした。

カタカナの、「ソングス」「タイガース」「ドジャース」をそのまま信じている、ということなのだ。

ン〜。。

中学1年で英語を始めたその日から、いかに音声をいい加減に教えられてきたか、ということのひとつの証かもしれない。

これはたぶん氷山の一角で、もっと他にも有声無声を誤解されている名詞はあるだろう。

と思っていてふと、最近読んだ本、『日本の分断:切り離される非大卒若者たち』吉川徹(光文社新書)を改めて見ると、非大卒若者を表す Lightly Educated Guys のアクロニム、LEGs に、著者が「レッグズ」ではなく「レッグス」とルビを振っているではないか!

吉川氏は大阪大学大学院の教授であり、まちがいなく最高レベルの知識人である。そのような方が本気で LEGsを レッグ「ス」と読むと思っているのだろうか。あるいは英語としては本当は レッグズだが、一般読者に合わせてあえて レッグス としたのだろうか。

後者であれば、その判断に賛成はできないにせよ理解はするが、前者だとしたら、日本の英語教育全体の恥である。まあ英語教育の恥は他にもたくさんあるが、音声面から眺める私には、そう感じられてしまう。

まあ街には baked をベイクドとしたレストランは多いのはわかっていたが、/z/なのに/s/だと思っている人が結構多い、というのは今回初めて認識した。

目に見える些末なスペリングにはこだわるが、耳に聞こえる音声はほとんど無視、という状況の、another piece of evidenceのように思う。


明日、戦争体験を伺う講演会を行います

「語り継ぐ戦争体験

教育の立場から考える人権と平和―」

主催:大東文化大学教職課程センター
講師:小島民子さん(埼玉県在住)

戦争を直接知っている人が少なくなっている現在、次の世代に戦争体験を引き継ぐことは重要です。そのために大切なのは、戦争体験の学習を組織する教師の教養と経験です。大東文化大学教職課程センターでは、戦争のおろかさと生命の尊さ-人権の大切さについての理解を深め、次の世代の平和学習に活かすための学びの場を持ちたいと思います。
講師の小島さんは現在89歳。埼玉県立久喜高等女学校(現・久喜高校)時代にさきの戦争を体験した方です。その時に学校がどのようになっていったか等リアルな話を伺います。聴くだけではなく、後半には本学生とのトークセッションも行います。本イベントは公開いたしますので、学生をはじめ、多くの教職員の方、市民の参加を呼びかけます。

「過去に目を閉ざす者は結局のところ現在にも盲目となる」
(R.v.ワイツゼッカー・元ドイツ大統領)

2018/6/23()  大東文化会館ホール(東武練馬駅前)

★参加費無料/事前申し込み不要★

   13:00- 開場
13:30-14:40 講演
       休憩
   14:50-トークセッション
                                16:00-終了