Total Pageviews

8/20/2017

明日は教員免許更新講習やってきます。

--> 英語で英語を教えるトレーニング 
--ただしクリアな発音にこだわって--


諏訪土産、いただきました。

8/18/2017

日本における「英語ディベート」という名の『化け物』

という、ちょっとやりすぎのタイトルをつけたくなるものを、期せずして見てしまった。

今日、某県で前のポストのような趣旨の講演をしたあとでの、「研究発表」のひとつ:

題して、「英語ディベートについて」。

つまりこの大きな教育大会の「英語部会」には講演と研究発表があり、講演を私が担当し、その後に現場の先生による研究発表が2件あった、という構図である。

この県の英語ディベートの最先端?のとりくみを発表する、というような趣旨のようだったが、内容は、教員が二人きて解説しつつ、なんと高校生が9人会場に来て、その場で昨年?どこかの大会で実践したディベートの様子をライブで再現する、というもの。

事前に配られたスクリプトによると、論題は、日本に basic income 制度を導入すべきである、という、かなり社会性が高く、経済についての知識も必要なもの。

実はディベートというと、良い思い出がない。30年前、大妻高校のESSの顧問として何度となく試合を引率・観察した。結論は、日本における英語ディベートというものは、ざっくりいってしまうと、

デタラメ発音を如何に早口でまくし立てるかを競う無意味な大会

だ、というものだった。

あれから30年。

状況は(きっと)変わったに違いない。。。と思いたかったのだが。

こんなふうに(個人的に嫌な予感とともに)始まった生徒によるライブ発表、。。。だったが、司会役の生徒が口を開いてものの数秒で、「これはヒドイ」。  zaの嵐。

つぎに、肯定側、否定側それぞれ3人の生徒による自己紹介が。。ヒドイ。sunk you の嵐。

あとは延々、手者とに用意したディベートのスクリプトを6名の生徒たちが入れ替わり立ち替わり、時にボソボソ、時に早口で、読み上げたのである。30分だったか、40分だったか、50分だったか、あまりのことにこちらは憤死寸前、朦朧としていたので、よくわからない。

曰く、「OEシーD」

曰く、「シックス パーセント」

曰く、「ポーバティ」(解説: poverty)

曰く、「コンシークエンス」(←シーにアクセント) (consequence)

曰く、「タックス late」 (rate)

曰く、「スカラースィップ」 (scholarship)

曰く、「プレビアス」 (previous)

曰く、「ライt?」  (right?)

普通の、「ザ日本人英語」高校生のなかでも、けっこうヒドイ部類なのである。しかも、6名の生徒中、2名を除いては、声も小さければ、覇気もない。

まあ、これを何十分も聞いているのはまさにこの世の地獄だった。こういう生徒の音読を小一時間にわたって、何十人もいる英語教員に聞かせ続けたことの意図はよくわからない。発表者としては、実際の論のやりとりを紹介して、ディベートでの主張や、論駁や、結論のもっていきかたなどを解説したかったように、推測はされる。

しかしそれならば、手元にすべてスクリプトがあるのであるから、それを発表者が解説すればこと足りたはず。あの音声で延々と聞かされるのは、ほとんどすべての単語がスペリングミスの結果、実際にはない単語になっている英文を延々と読まされるのと同じだ。

(あとで、会場にいた若い教員から、「靜先生が途中で、『やめろ、やめろ!』って怒鳴ったらどうしようかと思ってヒヤヒヤしていました。」と言われた。たぶん、あの場に、生徒がいなかったら、そしてあと20歳若かったら、それと同じような行動を取ったかもしれない。)

なぜ地獄だと思ったのか。それは生徒の発音が地獄のようにヒドイから(だけ)ではない。それは、その生徒たちがおそらく非常に熱心な生徒たちで、自分は英語に上達したいと思っていて、おそらく週に何時間もそのために放課後の時間を使って、努力した生徒たちだったからである。

あの一所懸命の生徒たちを、たった1日でもいいから、いや1時間でもいいから、きちんとした英語の教員が、きちんとした英語はこういう音声だから、zaでなくtheだよ、sunk youでなくthank you だよ。。といった指導をしてやっていたら、あの子たちはすぐに劇的に変わり、1年だか2年だかを、デタラメ英語を力いっぱい口から出すことに精力を使わなくても済んだはずである、と思ったからである。

生徒に罪はない。彼ら、彼女らは、人一倍時間とエネルギーをつかって、英語でのディベーをにチャレンジするすばらしい生徒たちである。地獄に落ちるべきは、そのすばらしい生徒たちに、「英語はこれでいいのだ」と思わせて、何年もデタラメ英語活動に時間を浪費させる担当教員である。

Go to h***!!!

と思っていたのだが、さらなる地獄が待ち受けていた。それは、本日の2件の研究発表に関して、「大学の先生」として「指導助言」をせねばならない、という役目があったのである。

言いたいことを言えばいいのなら簡単だ。が、日本的予定調和の中では、セッションの締めでである指導助言は、9割褒めて、1割今後の課題を言わねばならないことになっているのである。いつぞやの某県での全英連大会のまったくの再現ではないか。

あの時も構図とすると、大会全体のメインの講演者として呼ばれ、1日目に、「生徒の英語にきちんとフィードバックしてくださいね」というのを主たるメッセージとする講演をしたと思ったら、2日目の最後のプログラムとして、そのメッセージの真逆をいくような「公開授業ビデオ」を得意げにみせられ、その授業をあろうことか(これも発音がけっこうデタラメな英語で!)指導助言者が褒めちぎり、さあ最後に私の番で、指導助言をどうぞ、という、まるで構成作家が考え出したような喜劇のような悲劇的な状況だった。

どうする。困った。

せめて生徒たちは退出してくれたので、あとは教員同士、腹蔵なくものを申すしかあるまい。

コメント要旨:

「ディベートはきっと生徒たちの論理的思考力、批判的思考力を伸ばす。エビデンスを重視して実証的に話す手法の練習にもなる。それはプラスである。しかし、L2として英語ディベートをする時には細心の注意が必要である。今日のような状態では、生徒がかわいそうである。児童の世話放棄、ネグレクト、ではないか。ディベートの審査基準にも、スピーチの審査基準と同じような、英語自体の音声的適切さ、を入れなくてはならないのではないだろうか。率直に言って、きょうは、50分間、聞いているのが辛かった。あの生徒たちならもっとずっと伸びたはず(仮定法過去)。きょうの講演でも言ったとおり、ダメなパフォーマンスを褒めても、ダメであり、いいのか、わるいのか、をはっきり教えてやるのが、指導者たる教員の役目である。セッションの最後で、ポジティブなトーンで終えるのが役目なのですが、すべては目の前の生徒のため、ということで、お許しいだければ、と思います」

このコメントの最中でくだんの発表をした「教員」は退席していった。何を思ったのかはわからない。ふてくされての退席なら、すこし大人げないと思う。しかし、あとで知ったのだが、かれは教頭であって、教科は英語ではなかった。単に「特色ある教育」というやつで英語ディベートに目をつけて、(どういうわけか知らないが、英語教員ではなく、他教科教員であった現在教頭の)彼が、中心になって回している、ということらしいということであった。

この情報を得た時、安堵を感じた。もちろん生徒たちに犯している罪は変わらない。しかしその下手人が、すくなくとも英語教員ではなかった。英語のなんたるかを知らない、単なるドシロートが、単に学校の名前を上げたいがためにやっているPRプロジェクトなのであれば、嘆かわしいことではあるが、納得はできる。すくなくとも英語教員はそこまでヒドイのはいないのだ、と思いたい。

その後の懇親会。

「われわれが言いたいけれど言えないことを、あそこまでズバリいってくださって、有難かったです。」

「私は英語が専門ではないですが、それでも、『え~。。。あんなものなのかな』と思っていました。はっきり言ってくださって良かったです」

「眼の前の生徒を愛しているのか、もっとよくしてやるという気持ちがあるのか、ということだと思いました」

といった反応を、ベテラン、中堅、若手教員からも異口同音にいただけたので、よかった。いつぞやの全英連での、2000人から入る会場の全員を敵に回して「袈裟懸けに一刀両断する」ような物言いではなくなったからだろう、と解釈している。

良心のある英語教師なら、今の「日本の英語ディベート」カルチャーを抜本的に変えるべし!

あの「化け物」を退治してやらないと、きょうこの瞬間にも多くの若者たちが犠牲になっているのだ。

心が痛む。








汝の生徒を愛せ

今日、呼んでいただいた講演のレジュメです。

---

英語授業の心・技・愛 小・中・高・大で変わらないこと
           
靜 哲人(大東文化大学)

要旨:英語教師として教科指導にしっかりと軸足を置き、英語における音声の変わらぬ重要さを理解し、生徒をうならせる音声スキルを持ち、見せかけの「アクティブさ」を求めず、ICTに使われず、教科書本文を英語でも教えられる力を持ち、授業の本質は「訓練」であって指導者の最大の役目は「さらに向上するためのアドバイス=フィードバック」を与えることであると認識し、目の前の生徒たちが「授業前」よりも1レベル上がった「授業後」をむかえることを常に目指して授業をするそんな先生が増えるのが、生徒たちのためだと考えます。

ü  教師としての軸足の置き方を間違えないようにしたい
「部活命」でいいのですか?

ü  発音・音声を矮小化しないようにしたい
l r の区別を軽視していいのですか?
日本語リズムの英語で通じやすいのですか? 強勢拍リズムの指導ができるように

ü  英語でも教えられるようにしたい(が、しっかりと母語も活用したい)
単なる指示英語を超えて。本当に「文法」は英語で教えられないのですか?

ü  アクティブラーニングを誤解しないようにしたい
アクティビティをやればいいのでしょうか? 教えない方がいいのですか?

ü  ICTについて誤解しないようにしたい
poor teachingICTが救うことがあるのですか?

ü  歌える英語教師でありたい
単なるリスニングや雰囲気づくりだけですか?

ü  褒めて育てる、の意味を誤解しないようにしたい
徒に褒めるのは素人でもできるのでは?「指導」しない「指導者」とは何ですか?

靜哲人(2009)『英語授業の心技体』(研究社) 

靜哲人・正頭英和・小林翔 (2014)『英語授業の心・技・愛 小・中・高・大で変わらないこと』(研究社)

8/17/2017

April が読めない大学4年生

先日、ある4年生の面接練習をしたのだが、そのなかでちょっとショックなことがあった。それは、彼女が April を「まともに」読めなかったことである。

なんと読んだかというと、御多分に洩れず

/ ˈeipril /

と読んだのである。正解はもちろん


/ ˈeiprəl / あるいは / ˈeiprl /

だ。

彼女は少なくとも私の授業だけでも2年次に1年間学び、3年次も他の先生の英語教育系の授業を複数取っていた。まじめで熱心な学生だ。私の授業の中で April という語自体が出てきたかどうかはわからない(おそらく出ていないかもしれない)が、どういう場合に母音が reduced vowel になるのか、とか schwaとはどういう音なのか、などは何度となく口を酸っぱくして言った、と思う。

が、やはり April は/ ˈeipril /だという思いこみを崩すには至らなかった、ということである。自分の指導力のなさに慚愧に堪えない。頭から冷水を浴びせられた思いである。

もちろんこれが大問題なのは、こういう母音弱化vowel reductionは Aprilだけの問題ではなく、あらゆる単語で起こるからである。full vowelを期待していて reduced vowelが来たら聴解できない。 label が「ラベル」とか「レイベル」だと思っている学習者は、「レイボウ」と言われてlabelを想起するのは難しいし、modelが「モデル」だと思っていれば、「マドウ」がなんなのか理解はできない。fossil だって「フォスィル」だと思っていては「ファソウ」に対応できない。

だから、Aprilを導入する中学の先生、/ ˈeipril /なんてデタラメ発音を教えるのはやめてください。CDよく聞けばわかるはず。まさか、先生も / ˈeipril /だと思ってた、なんてこと、ないですよね?

8/16/2017

芦田愛菜さんの英語 「Rの発音」トラブルみたいですね?!

芦田愛菜さんがテレビのインタビュー番組に出ていた。Motherで大ブレイクしたころから我が家では大人気の子役turned女優であり、すこやかな中学生に成長した姿が見られて家族で喜んだ。

彼女の「歴史」を振り返る、というコーナーのなかで、ハリウッド進出してPacific Rimに出演した時、英語で苦労しましたか、という質問に対して芦田さんは

「R(アール)の発音とか。。」

と答えたのだが、それに対して司会者や他の出演者は、

「ア~r」「ア~r」「舌を巻くんだよね。。。」云々、とお決まりの馬鹿げた反応を見せた。

こういう場面で決まって感じるのは、これだけ英語教育がなされているにもかかわらず、ほとんどの一般日本人には、いまだに

(1)アルファベットの各文字の呼び名・名前



(2)アルファベットの各文字の読み方(単語の中でのその文字の発音のされ方)

がごちゃごちゃになっている、ということである。

当然、「日本人はRの発音が苦手だ、できない」と言ったときに指しているのは、(2)の意味での「Rの発音」であって、(1)ではない。Rの文字の名前を発音するような場面は、単語のスペリングを読み上げる時以外には、ほとんどないはずので、(1)が問題になるはずもないのである。

しかし「Rの発音」と言われて反射的に「Rア、Rイ、Rウ、Rエ、Rオ」という人はほとんおらず、例外なく、こんかいのように「ア~r」という間抜けな反応ばかりだ。

以前別の番組でも、「LとRの区別」と言って、「エ l」vs「ア~r」とやっていたから、文字の名前と文字の読み方が未分化だ、という観察は残念ながら確かだと思われる。

で、その後、司会者に、何かRの入った単語を発音してみるよう促された芦田さんは

/ trævl /

と立派に発音した。さすが愛菜さん、きちんとした発音であった。

これを聞いた小峠さんは、受けを狙ったのだろう、「なんかトラブルみたいですね?!」と発言した。

こういうくだらないツッコミ?が出たのは、芦田さんの発音が、小峠氏のような一般的日本人がなぜか思い込んでいるように  

/ trævel /

ではなく、英語らしい

/ trævl /

だったからに他ならない。

これをもってして「トラブルみたいですね」という間抜けなコメントが出るのは、ストレスのない音節は母音がシュワになったり、あるいは完全に脱落したりする、という英語音声の普遍的なパタンが、いかに一般日本人に浸透していないか、という証である。

(travel の発音は、実際にトラブルみたいなんだよ!)

以上、芦田愛菜さんのインタビューを見ながら思わず感じた日本の英語教育のいまだに残念な点、ふたつ、である。

これから教師になる君たちは、以上の基本的な2点、しっかりと自分の生徒たちだけには伝えて欲しい。



8/15/2017

白人至上主義者 ≒ 日本人至上主義者

このブログは趣旨からして、基本的に発音指導を中心に英語授業関係のことしか書かないことにしていますが、しかし。。。

トランプ大統領の就任に力を得ていると言われる今回のWhite supremacists によるCharlottesvileの「国内テロ」、は実に嫌〜なものを感じる。

しかし決して対岸の火事ではない。こちら岸にはKKKはいなくても Japan(ese) supremacists/nationalists がいて、嫌韓・朝・中スピーチ・デモを展開している。

今回のような死傷者がでるような事態にはなってはいないが、自国内の特定属性をもつグループを貶め、排斥しようとする、という構図はまったく一緒ではないか。

8/12/2017

20年ぶりのマックユーザーに

この度 MacBook Proユーザーになりました。実は最初に自分のパソコンを買った1996年から99年まではマックユーザー(PowerBook G3など)だったので、ほとんど20年ぶりに出戻ったことになります。

当時は同じソフトでもマック版はバージョンアップがない等の状況にたまらずウィンドウズに乗り換えたわけですが、ただいま長い浮気を終了し、帰ってまいりました。

またよろしくお願いいたします。

8/11/2017

第一回ゼミ合宿やりました

一泊二日で初めてのゼミ合宿を敢行。菅平に行ってアウトドアも楽しむなどの案もあったのですが、時間的な効率や費用面から結局、大学の東松山キャンパスに宿泊ということに落ち着いたものです。


スピーチコンテストに向けてのスクリプトの作成、英字新聞をつかったリーディング訓練、Podcastを使った書き取りからシャドウイング、というメニューを用意しましたが、少なすぎず、多すぎず、でちょうどよかったように思います。普段は90分の制約のなかでやっている活動を、朝から夕方まで時間を気にせずできるというイメージでした。


夜は駅そばのお好み焼き屋さん「四季」で食事。一期前のゼミ生の一人がバイトしていたお店でもあり、靜ゼミとは浅からぬ縁があるお店です。今回のメンバーのひとりが誕生日だったのに合わせてお店の協力もいただいたサプライズ・バースデーケーキ演出などもあり、楽しく絆を深めることができました。



二日目の朝は個人的にキャンパスから物見山公園までジョギングしましたが、ふだん授業だけでしか行かない場所に夜とか朝にいるだけでシュールな気分になり、非日常感を満喫しながら汗を流すことができました。

今回は都合がつかずに参加できなかったゼミ生もいますが、次回はぜひ、全員でやりたいと思います。

心地よい疲れと達成感の中で、はいチ〜ズ!
留学する人は、身体に気をつけていってらっしゃ〜い👋

8/08/2017

発音の超ひどい英語教員を模範だと言って宣伝する大分県、何考えているの?

と言いたくなる授業は自分で見つけたのではなく、発音が怖いほど完璧な柴田武史さんのブログをきっかけに見たものである。

柴田さんのブログポストはこちら
⬇︎
ごめんなさい、悪口ではありません。この先生、本当に発音が悪いんです。

へえ、こんな過激なタイトルのブログポストをする人が(自分以外にも)いるんだなぁ。。と思って問題のビデオを見ると、たしかにひどい。典型的な日本人英語だね。しかしこれが典型的な英語教師であってよいわけがない。


冒頭(0:50あたり)から way of thinking をway of sinking とか言っているように聞こえるのはこちらの聞き違いであって欲しい。。。(が、やっぱり言ってるね)。あとは推して知るべし。

この先生個人を攻撃するつもりはまったくないが、この質の英語を喋る教員が出演するビデオを「すぐれた授業」だとして若い教員に押し付ける大分県(の教育庁)、ダイジョーブか? (もちろんダイジョーバナイ。)

この品質の英語を自信を持ってYouTubeに公開してしまうという判断をした側(=教育庁内の英語教育の担当者、および必ずその横に顧問的な立場でいるはずの大学関係者)のレベルを憂える。

同県内の若手教員、教員志望学生、そして何より生徒たちに対する罪である。


8/07/2017

英語は英語で、そしてリズミカルに教えよう! YouTubeに紹介クリップが

ジャパンライムさんから発売が開始され、紹介のビデオクリップがYouTubeにアップされました。


最後に、オバマ大統領のスピーチの一節をつかった大縄跳びの場面も収録されています。

教採の一次突破で美酒に酔い

教員採用試験の一次の結果報告が入ってくる。よい結果であれば、その日はちょっとよい酒を買って帰って祝杯だ。

こういうドキドキ、ワクワクをもらえる生業を持つ幸福に感謝する。

淡路先生とともにやれるだけのことはやったので、あとは天命を待つのみ。

二次もきっと良い結果がでそうな予感。。。(^^)


『大人のための英語発音レシピ』執筆再開

7月末に締め切りだった2本の論文の執筆で、半月ほどストップしていた『大人のための英語発音レシピ』(仮題)の執筆をようやく再開した。小学生向きだった『Englishアイウエオ』と、一般向きだった『絶対発音力』の間くらいのボリュームイメージで、というオファーで開始した企画である。何としても前著2冊を超える、多くの人に役に立つ、良い本にしたい。きょうは曖昧母音シュワの項に頭を悩ませた。

8/02/2017

「英語は英語で、そしてリズミカルに教えよう!」DVDついに発売に!

企画の萌芽が昨年の5月。「撮影に入ります」と「撮影やりました!」が昨年の12月。撮り直しの報告が今年の3月。そして。。。お待たせしました!

ついに、大東文化大学生と作り上げたDVDが形になりました。学生との撮影は冬だったのですが、あれから幾多の修正を経て、ようやく以下のような形になりました。

ジャパンライムさんからの靜流英語授業道DVDはこれで4本目、オンデマンドまで入れると5本目ですが、今回のはまた、いままでのどの作品とも違う、力作でかつ傑作ですよ。

クラスルームイングリッシュやtrue / false を超えて、英語の精読を英語で行いたい/行わせたい、また英語のプロソディを向上させたい、という先生の強い味方になることでしょう。

発売は、来週8月7日予定とのことです。ぜひ、ご利用ください! 

ジャパンライムサイトはこちら